筆跡鑑定

「この神器には装着者を服従させる能力がある。では誰に服従するのか。それは使役する者が、こいつにサインを施すんだ。ここにそのサインがある」

 

 怪しく光る首輪の神器。

 ウェイルが指さした場所に、小さくサインが施されてあった。


「えっと、字が汚くて読めない……」

「誰の名前か判るんですか?」

「ああ。このサインは間違いなくラルガ教会の神父、バルハーのものだと断言できる。このサインと譲渡証明書に書かれてあるサインを筆跡鑑定した結果、ほぼ一致したからな」


 ウェイルには皆に、神器に施されたサインと譲渡証明書のサインを見比べさせた。


「似てますね」

「ボクから言わせると似ているというよりそのままってレベルだよ」

「筆跡鑑定の結果、98%以上の確率で同一人物が書いた文字だ。何せ書かれているのが名前だからな。筆の癖がよく出て判りやすかったよ」


 プロ鑑定士は、基本的に芸術および経済のプロフェッショナルであるが、時に治安局の要請で鑑識も行う。

 アレクアテナ大陸に置いて、鑑定も関する行為全てにプロ鑑定士は関わっているのだ。

 ともなれば筆跡鑑定だって、ウェイルにとってはお手の物。


「ラルガ教会が犯人で決定じゃないですか!!」

「ああ。決定的な証拠だ」

「なるほどな。だが一つ解せないことがある。ラルガ教会はラルガポットがいくら高騰したところで値段の設定を変えることは出来ないはずだ。ならばこんなことする意味がないじゃないか」

「ヤンクの指摘はまさに正解だ。本来ラルガ教会がラルガポットを販売する場合、その価格を自由に変更することは出来ない」

「そうだろ? 上層部に黙って値段を釣り上げているなんてことが露見したら大変だぞ? 教会からの追放、下手すれば死罪すらあり得る。そんなリスクを冒してまでやる奴がいるとは思えないのだ」


 本来ならばその通りだ。

 ラルガポットの価格は、一支部の神父ごときが値付けすることは出来ない。

 それでも商売に必ず裏道がある。


「教会にも教会なりの裏道があるんだよ。ラルガ教会は入荷したラルガポットを通常販売せず、全てをオークションハウスに出品してるんだ。だから高騰した値段そのままが懐に入る」

「……なるほど、そうか。オークションハウスか」


 その手があったかとヤンクは頷く。


「納得した。おそらくはラルガ教会としてではなく、神父の個人名義で出品しているんだろう。それであれば一応教会内のルールには違反しないからな」

「神父は通常販売開始と同時に自分で全て買い占めて、オークションハウスに出品しているんだろう。いわば立場を利用した転売屋さ」


 汚ねぇな、とヤンクが呟く。

 全くです、と頷くステイリィ。

 ウェイルも心底同感だった。


「そんなことのために俺の宿の営業妨害をするとはな。許せねぇ……」


 いかにもヤンクらしい文句で、安心感すら覚える。


「昔から神や教会は汚いことを平然とするもんなぁ」


 うむうむと、フレスは腕を組んで頷いていた。

 こちらは想像もつかないほど昔の話をしているのだろうから、同意は出来ない。


「もう一つ問題があるんだ」


 悪魔の噂は悪魔の正体と首謀者だけが判ればそれで解決というわけにもいかない。

 必ず共との繋がりがあるはずなのだ。

 ウェイルの目的としては、どちらかといえばそちらを探ることにある。


「えー、まだあるの?」

「すまないが、もう少し聞いてくれ」


 ここからが本番だというのに、フレスはそろそろ眠くなってきているようだ。

 気が付けば外の景色も完全に真っ暗で、灯りのついている家屋はほぼない。

 フレスには寝落ちする前に聞いてもらいたいし、ステイリィやヤンクをこれ以上ここに拘束するわけにもいかない。

 だから早足に説明を行うことにした。


「ラルガポットというのは量産が出来ないんだ。さっき話したろ? 呪文印は最高位司祭しか付与出来ない。だから生産数は決まっているんだよ。それにも関わらず教会は明日、ラルガポットをにオークションへ出品するときたもんだ。矛盾しているだろ?」

「矛盾してるな。どうやって用意しているんだか」

「もしかした教会は、ラルガポットの贋作フェイクを出品している可能性がある。いや、これはもう可能性ではなく、ほとんど確実だ。最近の教会の行動を見るに疑いようもない。多分ヤンクが持っているそれも贋作だ」

「こいつが贋作だと? 俺は公式鑑定書まで持っているんだぞ?」


 ヤンクは机の上に置いていたラルガポットを手にとって、しげしげとじっくり見定める。


「ウェイル、どうしてこれが贋作だと思ったんだ?」

「さっきラルガポットを持っていたのにデーモンに襲われただろう。それが何よりの証拠だとは思わないか?」

「……ああ、確かにその通りだ」


 あの時ヤンクは確かにポケットにラルガポットを入れていた。

 それなのにも関わらず、奴はヤンクに襲い掛かった。

 そのことが贋作であるという、何よりの理由になる。


「しっかし、これが贋作だとはな……。素人目にはさっぱり判らんぞ……」

「それがの作品さ」


 自分が買った物を贋作だと認めるのは誰だって勇気がいることだ。

 その点、長年商売に携わっていたヤンクは物分かりがいい。


「……か。なるほどな」


 元商売人のヤンクも、奴らと呼ばれる存在をよく知っている。

 商売の世界でも嫌というほど奴らの名は語られるからだ。


「俺の予想だが、最近オークションハウスから流れているラルガポットの大半は贋作だ」

「うーん、じゃあ明日はそれを確認しに行くのー?」


 フレスは眠いのか、欠伸しながら目をこすっている。


「ああ、元々行くつもりだったからな。お前はどうする?」

「行くに決まってるよ……。……ふわぁああ、ねむい……」


 あれほどはしゃいでいたのが嘘だったかのように、フレスはコクリコクリと船を漕ぎ始める。


「おい、ウェイル。この娘はもう限界だ。眠らせてやれ。それに実のところ俺もそろそろ限界なんだ。今日は色々なことがありすぎた」

「私もです。こんなに立て続けに事件が起きたら、身体が持ちません。しかし治安局として、取り急ぎ対策を練らないと……」


 確かに今日は色々とありすぎた。

 それにしてもまさか龍と同じ部屋で寝ることになるとは、夢にも思わなかったが。


「俺も店を片付けてから寝るとしよう。お休み、二人共」

「ああ、お疲れさん」

「私はこれから一度治安局へ戻ります。 それとウェイルさん、お弟子さんに手を出したら駄目ですよ! ウェイルさんは私のものなんですからね!」

「いいからさっさと帰れ!」

 

 これにて深夜の説明会はお開きとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る