フレスの気持ち

 ヤンクとステイリィが部屋から出て行った後。

 結局二人でこの部屋を使うことになったので、先程借りてきた布団を床に敷く。


「ベッドはお前が使え。俺は床でいい」

「え? 一緒に寝るんじゃないの?」

「アホ言うな。別々だ」

「そんなー。ウェイル、風邪引いちゃうよ?」

「引かねーよ。心配するな」


 ウェイルだって、いい歳した男だ。

 いくらフレスが龍とはいえ、見た目は普通の少女と何ら変わりはない。

 それどころか贔屓目に見ても、フレスは相当な美少女だ。

 一緒に寝るとなれば、嫌でも意識してしまう。


「ちぇー、判ったよー。お休みー」


 フレスはぶつぶつ不満を口にしていたが、すぐに大人しく横になった。

 封印から解放されたばかりで疲れていたのか、もうスヤスヤと眠っている。

 寝顔はどう見ても、10代中頃の普通の女の子だ。

 しかし、実際はあのデーモンを一撃で打ち倒した龍である。


(無茶苦茶な奴だな、ホントに)


 その夜、ウェイルは疲労のピークであったのにも関わらず、しばし眠ることが出来なかった。

 悪魔の噂やラルガポットのことが、未だ頭から離れなかったからだ。

 正しくはその背後にいるであろう、についてのこと。


(……本当にこの事件にはが絡んでいるんだろうか)


 深く考えてみれば、どうも話が単純すぎる気がしていた。

 悪魔の噂や不自然なラルガポットの高騰を考えれば、プロ鑑定士であればすぐに違和感を覚え、矛盾に気づく。

 そうなればラルガ教会は疑いの目を向けられるはず。

 治安局の捜査を入る可能性だって、大いにあるわけだ。

 そうなればにだって捜査の手が近くなるというリスクが高まる。

 やり方が単純すぎて、の息が掛かっているとしたら、あまりにお粗末な事件だ。

 

(この事件、何か裏があるんじゃないか……?)


 どうにもきな臭い。

 この事件の裏には、悪魔の噂以外にも別の陰謀があるような、そんな匂いがする。

 薄っすらではあるが、確実に。


(それも明日になれば判ることか)


 結局全ては憶測で、答えは明日になれば判る。

 そう考えを切り上げると、次はやはりフレスのことが気になった。


(フレスは復讐をしたいと言った。あれは一体何に復讐をしたいのか)


 フレスはさっきあまり覚えていないと言っていたが、確かに『フェルタリア』と口にした。

 彼女の復讐とフェルタリアには、一体どんな関係があるのだろか。

 フレスはもう眠っている。

 答えてくれなくても構わない。

 だがどうしてか無性に訊いてみたくなった。


「フレス。お前、誰に復讐したいんだ?」


 もちろん言葉は返ってこない。


「……まあいいか」


 そう呟いて寝返った時、耳を澄まさないと聞き逃しそうな小さな声が聞こえてきた。


「――ボクの大切な人が殺されたんだ……」


 寝たと思ったフレスから発せられたその言葉に、ウェイルは酷く衝撃を覚えた。


「起きていたのか」

「……少し前にちょっと目を覚ましたら、ウェイルがまだ起きていたから」

「昔の事、覚えているのか……?」

「ううん。詳しいことは全然。……でもその人のことだけはすぐ思い出したんだ。絶対に忘れないように、心に刻み込まれているみたいだ」

「…………」


 ウェイルはこれ以上、あえて返事をしなかった。

 その方がフレスが話しやすいと思ったからだ。


「その人は、龍であるボクと親友になってくれたんだ。人間の事が嫌いだったボクとさ。その人はボクに友情を教えてくれた。その人はボクに家族を教えてくれた。その人はボクに――愛を教えてくれた。ボクはその人から全てを教えてもらったんだ。……でも、その人は殺された。あまり記憶には残ってないけど、でも確かにボクの目の前で死んだ。だからボク、もうひとりぼっちになっちゃった」


 フレスは泣いているのか、最後の方の声は、嗚咽で掻き消されていた。

 フレスの気持ち。

 ウェイルには痛いほどよく理解できた。


 家族を失う辛さ、一人生き残る申し訳なさ。

 そしてふとした瞬間に感じる孤独の寂しさ。

 

 それは人も龍も同じなのだ。

 だからウェイルは、フレスに一言だけ投げかけた。


「今日からは俺がいるさ」


 自分でもかなり臭い台詞だと思ったが、不思議と恥ずかしいとは思わなかった。

 ウェイルの返事を聞いたフレスは、これ以上語る事を止め、スゥスゥと可愛い寝息を立て始める。


「こいつは俺と同じような境遇なのかも知れない」


 なんだか無性にフレスの頭を撫でてしまいたくなったウェイルであった。

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