頭隠して、マヌケ隠さず
下の酒場は想像以上に賑わっていた。
先程スコーンを買いに降りた時より客が増えている。
「ういい!! 酒うめええええ!!」
「お、お嬢さん、それは僕の酒なんだけど」
「うるへええええ! 治安局員のステイリィ様に文句あるってか~~~~!? 逮捕するぞこの野郎おおおおおお!!」
「い、いえ、どうぞ飲んでくださいー!!」
やはりステイリィはいた。
しかもとびっきり面倒な感じに仕上がっている。
「……フレス、あのバカにだけはバレないようにしろ。バカがうつるぞ」
「そうなの!? バカってうつるの!? ボク、絶対に見つからないようにするよ!」
「ヤンクはどこだ……? あ、いた」
常連客とテーブルを囲んで談話に興じていたヤンクを見つけたので、肩を叩いた。
「おい、ヤンク。もう一部屋借りてくぞ」
「……ういっく。誰だ?」
「……早速厄介な事になりそうだ」
ヤンクの顔は真っ赤に染まり、目はとろんとしている。
どうやらかなり酒が入っているようだ。
フレスを紹介しようと思ってきたのだが、この状態のヤンクに紹介なぞしたら、面倒なことになりかねない。
(やはり紹介は後日にしよう)
ぱぱっと用件だけを伝えて金を置き、部屋へと戻る。
これが最も被害の少ない対処法に違いない。
「ああ、なんだウェイルか。なんだよ、急に。部屋ならそりゃ腐るほど空いているが」
「おい、ヤンク。飲みすぎじゃないのか? カウンターの方に部屋分の金を置いておく。酔った勢いで床に散らかすなよ」
なんとも酒臭い。飲みすぎだ。
いくら相手が常連とはいえ、店主が客と共に飲んだくれるとは、流石はヤンクと言ったところ。
(……というかヤンクが飲んでいる酒は客の分じゃないか?)
「ならもう一部屋借りるぞ。鍵は適当にとっていくからな」
努めて自然に、そしてしれっと。
いたって平然に代金をカウンターの上に置いた。
早足で逃げると怪しまれるので、移動は不自然でないようゆっくりと。
ヤンクが代金を取りにカウンターへ戻ってきて、無造作に紙幣を数えはじめる。
今のうちにこの場を去ろうと、階段へ足を向けた時だった。
「ウェイルよ。何故もう一部屋必要なんだ?」
「……ちっ……」
どうやら簡単には逃がしてくれそうもないらしい。
「――それ、私も気になりまあああああす!」
どこから沸いて出たのか、いつの間にかステイリィも隣にいた。
もっとも面倒な奴に、早速捕まってしまった。
「まったくウェイルさんってば、私今日ここに来るって言ったのに、いつまで経っても会いに来て下さらないんだからぁ~。私、寂しくていつも以上に飲んじゃいましたよぉ?」
「知らん。くっつくな、酒臭い」
「もう、照れなくてもいいじゃないですかぁ! もしウェイルさんがこうやって会いに来てくれなかったら、私、今日ウェイルさんの部屋へ夜這いしにいくところだったんですよぉ?」
フレスがいなければ下に降りるつもりもなかったので、どうやらウェイルの貞操はフレスによって守られたらしい。
「放せ。ヤンク、もう一部屋借りるぞ。俺の弟子の分だ」
「弟子? お前さんが? 嘘つくなよ?」
「嘘じゃないっつの。明日紹介するよ。今の酔いつぶれたお前らに紹介したところで忘れるだけだろ」
「……怪しいですね……。何か隠してますか?」
「隠すようなことは何もないぞ?」
逃げるように目を背けたが、ステイリィに無理やり顔を掴まれて、グリッと首を回された。そのまま顔を覗き込まれる。
「いててててて、おい、手を離せ! 顔を掴むな!」
「ジー……。何か怪しいですね……」
酔って赤面したステイリィが、息遣いも判るほど顔を近づけてくる。
「近い、バカ、離せ! 酒臭いんだよ!」
「駄目です。何を隠しているか言いなさい」
「だから何も隠してないって」
「怪しいですね……。愛する妻にすら話せない秘密があるなんて」
「誰が愛する妻だ、誰が」
「ならその弟子とやらを見せなさい! ウェイルさんの弟子にふさわしいかどうか、私が判断します!」
「いや、判断するのは俺だろうによ」
「しかしウェイル、弟子をとったのが本当だとして、わざわざそいつのためにもう一部屋借りるってのか? 弟子なら床にでも寝かせておけばいいだろうに」
「私ならウェイルさんと同じベッドで寝ますけどね!」
「黙ってろ」
ヤンクまでもがウェイルに強い疑念を抱き、何やらいやらしい顔で思案し始めた。
「……お前、やっぱり何か隠してるな?」
「……お前の儲けに貢献してやりたかっただけだ。ただそれだけだ」
「本当か?」
「……本当だ」
ヤンクとステイリィは目で探りを入れてきたが、沈黙が長引くと、途端に馬鹿らしくなったらしい。
というより二人とも目が蕩け切っている時点で、自分が何をしているのかすら判らなくなっているのだろう。
そのうちに折れて、ステイリィはウェイルの顔を離した。
「客の詮索はタブーだったな。判った。もう一部屋だな。前金は別に要らん。返しておくぞ。ガハハハハハハハ!!」
「ならそのお金は嫁予定の私が貰っておきます! ナハハハハハハハハハ!!」
二人して大爆笑。
全く何がおかしいのだろうか。
いや、それを酔っ払いに訊くのは野暮というもの。
酔っぱらったヤンクとステイリィほど扱いに困るモノはそうそう無い。
とにかく無事に部屋を借りることが出来た。
急いで部屋へと戻ろう――とした時、フレスの姿が見えないことに気づく。
(……そういえばフレスの奴、どこへ隠れた……?)
ウェイルの不安材料である龍の少女フレス。
急いで姿を見つけて戻らねば、非常に面倒くさいイベントが待っているのは火を見るより明らか。
不自然でない程度にキョロキョロと見回し、その小さい姿を探した。
「ところでウェイルよ」
そんな中、何気なくヤンクが尋ねてきた。
思わず肩がピクリとなる。
「ま、まだ何かあるのか?」
嫌な予感は拭えない。
「いや、大したことじゃないんだが」
ヤンクの視線を追う。
視線は酒場のカウンター内へ向けられていた。
「カウンター席の下で、しゃがみこんでいる女の子がいるが、あれがお前の弟子か?」
(――なんだと!?)
ウェイルは急いでカウンター席の下を覗いてみた。
「お、お前……」
そこにあったのは、頭を抱え、ジーッとしゃがみ込んでいるフレスの姿であった。
これで隠れたつもりだったのだろうか。
あまりにもマヌケな姿に、思わずこめかみを押さえるウェイルである。
「どうしてこんなところに隠れているんだ……」
ウェイルが声を掛けると、フレスはウェイルが用事を済ませ、戻ろうと声を掛けてきたのだと勘違いしていた。
顔を上げて自信満々に答えてきた。
「どう? ボク、見つからなかった?」
「バレバレだ」
「バレバレだな」
呆れるウェイルにうんうんと腕を組みながら頷くヤンク。
どうやらフレス本人は、これで隠れていたつもりらしい。
「何故こんな所に隠れているんだ? 見つかるに決まっているだろう……」
「だって、他に隠れる場所が無かったんだもん!」
(こ、こんな
これから共に仕事をしていく弟子となる者が、これほど天然、もといアホだとは、これから先の事が思いやられる。
考えるだけで胃が痛くなるというもの。
「……なんて思ってる場合ではないな」
ヤンクにバレたのは良い。
元々紹介するつもりであったし、酔ってなければ話も早いからだ。
「……やっぱり厄介事になっちまったな……」
背後から猛烈に迫る、燃えるように激しい気配。
それでいてその殺気は極寒もの。
冷や汗をかくなんて久しぶりだ。
「ウェイルさん。これは一体どういうことなのですか……?」
瞬間、肩に激痛が走る。
まるで万力にでも挟まれたかのように、それは有無を言わさぬ力でウェイルをその場に拘束させた。
「ど、どういうことも何も」
「私に隠したかったのは、弟子が
ゴゴゴゴゴというオノマトペが脳内に響き、ミシミシミシという骨がきしむ音が肩から響いた。
魔獣ですら裸足で逃げ出しそうな迫力で、ステイリィの顔が迫ってきた。
「ほほ~う、ウェイルくん。この少女のためにもう一部屋、ということだね? いやぁ、流石はウェイル君。紳士ですなぁ?」
「余計なことを言うな!?」
ステイリィの火に油を注ぐように、ヤンクがわざとらしく口を挟んだ。
こうなれば嘘は通じない。
いっそのこと開き直る方が賢明かもしれない。
「そうだよ、この子が俺の新しい弟子だ。こいつの部屋を借りに来た! さっさと鍵をよこせ!」
急いで鍵を手に入れ、部屋に戻りカギを掛ける。
殺気を放つステイリィから逃げる一番の方法だ。
「ボクは別に部屋なんて要らないんだけどね。どうせならウェイルと一緒に寝たいなぁ」
ピキッという音を耳が捉えた。
音の発信源はステイリィに間違いない。
肩を掴む手の力は更に強くなっていた。
冗談抜きで肩が割れそうだ。
(――頼むからこれ以上余計な事を言うなよ、フレス!)
しかしその願いは、なんとも惚けた声で打ち砕かれることになる。
「そうだ! ウェイルと一緒に寝るからお布団だけ頂戴!」
そのフレスの一言は、この場の空気を一気に凍り付かせたのだった。
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