龍と鑑定士

ラルガポット

「酷すぎる話だ」

「治安局としても全力で捜査に乗り出しているのですが、相手は目に見えぬ噂。なかなか成果が上がらないのが現状なのです……」

「そうだろうな……。しかしその噂とラルガ教会、一体何の関係があるんだ？」

「全てはこいつにある」

　そう言ってヤンクは、ポケットの中から手のひらサイズの小さな壺を取り出した。

「『ラルガポット』じゃないか。……なるほど、少し読めてきた」

　ラルガポットとはラルガ教会が製造している神器のことだ。

　手のひらサイズで持ち運びも出来るということで、お守りとして人気の高い神器である。

「悪魔から身を守る方法が一つだけある。それはラルガポットを常に肌身離さず持っていることだ」

「ラルガポットには悪魔を祓う効果があると言われているんですよ。現に一昨日の事件、襲われたのは三人組だったそうですが、生き残った二人はどちらもラルガポットを持っていたそうです。二人はラルガ教会の信者だったそうです。西の五番街の事件では生存者はいません。西の地区にはラルガ教会の信者は少ないですから」

「ラルガ教会の信者だけが生き残ったってことか」

「正確にはラルガポットを持っている者だけですね。そのせいでラルガポットの魔除けの噂が一気に広まっちゃったんです」

「なるほどな」

　魔除けとしての実力が証明されたわけだ。

　ラルガポットに注目が集まるのは当然と言える。

「しかしヤンクさ。結局ラルガポット、買っちゃったんだね」

「迷信に頼るのは癪だが、自分の命は大切なんでね」

「ラルガポットか……。また神器絡みの事件だな」

　――神器（デバイス）。

　そう呼ばれる芸術品がある。

　神器とは普通の芸術品とは異なり、特別な魔法を宿した芸術品の総称だ。

　その存在の起源は、太古の昔に神々が創造したものだと語り継がれているものの、詳しいことは一切不明だ。

　神器の持つ魔法は多種多様で、ある剣には炎が宿り、ある杯には水が溢れ、雷を操る杖もあれば、闇を呼ぶ指輪もある。

　人知を超えた力を持つ神器により、人々の生活はより豊かになったことは事実だ。

　しかしその裏では神器の力に魅入られ、誤った使い方をする者も少なくない。

　汽車で襲ってきた詐欺師がその例で、奴は炎を操る神器を脅しの道具としていた。

　大事件の裏には必ずと言っていいほど、神器が絡んでいるのだ。

　そんな神器がこの世には数え切れない程存在する。

　この都市を護る結界魔法も神器によるものだし、ラルガポットもその一つである。

　ラルガポットは魔払いの魔法を持ち、古くからお守りとされている神器である。

　しかし、ラルガポットはそこまで強い魔法を扱える神器ではない。

　むしろ数ある神器の中でも、その能力は最低ランクだ。

　精々、所有者に降りかかる不運を、僅かに振り払うことの出来る程度の力しかない。

　襲い掛かってくる魔獣を追い払う魔力など、到底持ち合わせてはいない。

　――ラルガポットと悪魔の噂。

　この二つの関係には、何か裏があるように感じるウェイルだった。

「こんな辛気臭い話はこれで終わりだ。それよりウェイル、お前さんはこれから仕事だろ？」

「……そうだな。時間的にもそろそろ行かないとまずい」

　ウェイルはカウンターを立ち、ヤンクに宿泊賃を支払った。

「部屋の鍵はこれだ。いつもの部屋でいいだろ？」

　三階の廊下の突き当たりの部屋。

　ウェイルがここに来たとき、毎回使う部屋だ。

「私も行くー！」

「お前はさっさと仕事に戻れ！」

「ぎゃぷ!?」

　ヤンクの屈強な拳がステイリィに脳天に振り下ろされた。これは痛い。

「い、痛ってーな！　よくもやってくれたな、このクソジジィ!!」

「やかましいぞ、税金泥棒が。お前が毎日ここでサボってること、通報してもいいんだぞ」

「毎日サボってるのかよ」

「……ぐぬぬ、卑怯な……！　判ったよ！　仕事に戻ればいいんだろ、戻れば!!　ウェイルさん、また来ますからね！」

　不機嫌げに大股開いて、ドスドスと音を立てながら宿を出ていくステイリィの姿に、一同はまた吹き出したのだった。

　――●○●○●○――

　ウェイルはヤンクから受けとった鍵を使い、いつもの部屋に入り、部屋中を見回した。

「うわっ、埃だらけじゃないか……」

　あまり掃除をしていないせいか、妙に小汚い。

　ベッドを叩けば埃が舞い散るし、壁も所々にひび割れが目立つ。

「素晴らしいボロさと汚さだな。今夜は実によく眠れそうだ」

　そんな皮肉を漏らしながらも、ウェイルは持ってきたカバンから鑑定道具一式を取り出すと、すぐさま部屋を後にする。

　『聖戦通り』に出て、ラルガ教会へと足を向けた。

　この時、ウェイルはまだ知る芳も無かった。

　今夜は――なかなか眠れそうにないことを――