龍と鑑定士

悪魔の噂

　突然勢いよく扉が開かれたかと思うと、そこには見知った姿が仁王立ちしていた。

「――それについてはこの私がお答えしましょう!!」

「……やっぱり来たか」

　やれやれと、ぼやくヤンクを尻目に、いきなり会話に入り込んできた図々しい声の主はステイリィであった。

「――ステイリィ？　今は勤務時間中じゃないのか？　仕事はどうした？」

　今は太陽も最高潮に輝く真っ昼間。

　勤務時間真っ只中のはずである治安局員が、こんな裏路地の酒場に来られるはずもない。

「ウェイルさんが折角この都市に来て下さっているのに、仕事なんてやってられませんよ！　サボって会いに来たんです！　どうです？　私って甲斐甲斐しいでしょう？」

「いや、さっさと仕事に戻れよ税金泥棒」

　ウェイルの一言にうんうんと皆が頷く中、ステイリィは勢い良くウェイルの腕にしがみついた。

「う～ん、この鑑定しかしていなさそうな貧弱な腕。最高です～！　すりすり～、はぁぅあ～、幸せ～～！」

「お前、わざわざ仕事をサボって俺に喧嘩を売りに来たのか？」

　ステイリィはウェイルの腕に頬ずりし、同時に身体をガッチリと寄せてくる。

　男として本来であれば嬉しいシチュエーションではあるが、相手がステイリィともなると気分がげんなりするのは何故だろうか。

「ほらほら～、こんな美少女がくっついてくるなんて嬉しいでしょ～？」

　グイグイとさらに身体を強く寄せ、とある部分を主張してくるステイリィであったが、残念に思うのはそれがあまりにも貧弱であったことである。

「……非常に言いづらいことだが」

「なんですか？　最高ですか？　興奮しちゃいましたか!?　性欲の限りに私を押し倒したくなっちゃいましたか!?　キャーッ！」

「……お前、やっぱり洗濯板なんだな……」

　顔を赤くして騒ぎ立てていたステイリィは、打って変わって稲妻に打たれたかの様に崩れ落ちた。

「う、う、うう、うるさいやい！　私はおっぱいを全部売り払って、代わりにコアなファンを獲得したのです！　おっぱいなんて任務の邪魔なだけです！　おっぱいなんて、おっぱいなんて！　いい女におっぱいなんて必要ないんですー！　うわーん！」

「おっぱい連呼するな。それとめちゃくちゃ気にしてるじゃねーか」

「世界中の巨乳女なんて死に絶えればいいんです！　私が治安局で出世したら貧乳だけが偉くなれる世界を築いてやるんです!!　あ、それよりもウェイルさん。噂の事、知りたいのですか？」

「話に切り替え方が唐突過ぎて言葉もない」

　ステイリィの話の逸らし方はもはやコメディであったが、聞きたい話題に帰ってくれたのでこれはこれでありがたい。

「その噂ってのは一体何なんだ？　少しだけ興味が湧いた。教えてくれ」

「そこまで言うなら教えて差し上げましょう！　実は――」

「ここ最近の話なんだが、この都市では夜になると悪魔が出没するらしいんだ。夜な夜な人を襲って回るらしい」

「――ちょおお!?　おい、ヤンク!?　今は私が説明する流れだったろう!?　勝手なことするな！」

「お前が勿体ぶるからだ」

「コホン……、ウェイルさん。よく聞いて下さいね。実はですね、最近この都市では夜になると悪魔が出没してですね。その悪魔は夜な夜な人々を襲って回るんですよ！」

「いや、同じ説明されても」

「キイイイイイイ!!　このクソジジィ！　テメ―が勝手に説明したせいで、これじゃまるで私がマヌケみたいじゃないか!?」

「みたい、じゃなくてマヌケなんだろ」

　ステイリィはウェイル以外の者に対しては非常に口が悪かったりする。

　だから他の治安局員とも関係が上手くいってない。

　ヤンクに対し、ギャーギャー文句を言い続ける喧しいステイリィは放っておくとして、噂の話を進めた。

「悪魔の噂か。悪魔ってのは魔獣の類のものじゃないのか？」

　この世界には人間や動物等の他に、『神獣』と呼ばれる生物が存在する。

　神獣と一言でまとめられてはいるが、彼らの姿は多種多様だ。

　エルフ族やドワーフ族の様に人間に近しい種族もいるし、デーモンやガーゴイルといったような人に仇なす存在もいる。

　また神獣の頂点に立つ存在『ドラゴン』なんかは、多くの教会で人類の敵と位置付けられている。

　世界の理から外れた生物。

　それが神獣の定義であるのだ。

　多くの教会では、神獣は神の使いであるとされ、逆に神に仇なすものを魔獣と呼んでおり、一般にもそれが定着している。

　噂の悪魔というのは十中八九、魔獣の類のものだろう。

「俺もそうだとは思う。だがなウェイル。外の魔獣がこの都市に入り込んでくるなんて、考えられるか？」　

「……考えにくいな。むしろ無理だと断言出来るほどだ」

「だろ？」

　この教会都市サスデルセルに、外部から魔獣が侵入することは不可能だということを、二人はよく知っていた。

　何せこの教会都市サスデルセルを囲む巨大な城壁には、多種多様の教会が、強力な結界魔法を張り巡らせている。

　その防御力は計り知れず、並みの魔獣の攻撃ではびくともしない。　

　それこそ神獣最強の力を誇るドラゴンでもなければ、破壊は出来ないだろう。

「とすれば、やはり噂は噂なんじゃないのか？　酔いつぶれた奴が幻覚でも見たとかな」

「いや、どうもそれも違うんだ。噂と騒がれているが、実際に被害者も出ているんだ。それも死人がな」

「人が殺されているってのか!?」

「ああ。そうだろ？　ステイリィ」

「はい。噂ではなく真実なんです。これはまだ一般には公表してないことなんですが、実は一昨日にも、東の三番街で女性の死体が見つかったのです。それもかなりえぐい殺され方をされていまして。……具体的に言えば、被害者はお腹を引き裂かれていたそうです」

「腹を引き裂く、だと……!?」

「ええ。治安局の先輩の話だと、現場は肉片の散乱した酷い有様だったそうです。先週には西の五番街と北の四番街でも死体が見つかっています。殺され方も全く同じだったそうです……」

　語るステイリィのテンションが下がっていた。

　こんな話だ、無理も無い。

　あまりにもむごすぎる死に方だ。

　とても人間の所業とは思えない。

　それこそまさに悪魔がやったとしか思えぬほどに。