第一部
第一章 教会都市サスデルセル編 『ドラゴンの少女と、悪魔の噂』
治安局員、ステイリィ
「仕事で
そうしみじみと語るウェイルの肩には、先程の事件で気絶させて拘束した大男の姿があった。
そのあまりにも異様な光景は、周囲の奇異な視線を集めていたものの、そんなこと何処吹く風で駅のホームへ降り立つ。
「どのようなお仕事なのですか?」
そんなウェイルに声を掛けるのは、白髪の優男。先程の事件の被害者だ。
「古い絵画の鑑定だ。ああ、今はこいつを治安局に引き渡すことが仕事だな」
「フフ、確かにそうですね」
上品に笑うその男は、見た目はウェイルより少し若い二十代前半といったところ。
物腰は低く、言葉遣いも丁寧かつ穏やかで、育ちの良さを感じさせる。まさに好青年といった印象だ。
だからこそ詐欺師にとっては、絶好の獲物に見えたのだろう。
「そっちもサスデルセルで仕事か?」
「はい。競売に出品する品を納品してもらいに来たのです。本来なら納品する側が責任を持って商品を送ってくるべきなのですが、今回は相手が相手ですので……」
少し困った顔で苦笑する彼の態度で、取引相手が一体誰か、おおよその見当がついた。
「取引相手は教会だな」
「その通りです。よく判りましたね」
殿様商売の典型である教会。
彼らとの取引は膨大な利益を生み出すが、その反面、配慮しなければならない点が非常に多い。
一度でも教会側の機嫌を損ねてしまったら、後々の取引は非常に厄介になるからだ。
「大した推理でもないさ。サスデルセルでの仕事なんて、大抵は教会相手の商売だからな」
「確かに、それもそうですね」
「俺も以前、教会と取引したことがある。実は今回の鑑定依頼も、この都市のラルガ教会からなんだ」
「え? ラルガ教会ですか? 奇遇ですね。私の取引相手もラルガ教会なのです」
「ほう、面白い偶然もあるものだ」
「本当ですよ。驚きました」
そんな雑談をしていると、こちらに向かって治安局の人間がやってきた。
――治安局とは、アレクアテナ大陸最大の警察組織である。
白を基調として金と黒でワンポイントの刺繍が施されている、少し物々しい雰囲気を放つロングコート。これが治安局員の証である。
ウェイルは汽車の中から、通信用神器『
「お久しぶりです、ウェイルさん」
敬礼をしながらやってきたのは、灰色のセミロングヘアーが目を惹く、小柄な女性治安局員。
彼女の名前はステイリィ・ルーガル。
治安局サスデルセル支部に所属しており、ウェイルとは昔からの顔なじみ――もとい腐れ縁である。
「なんだ、ステイリィか」
「なんだとはなんですか。久しぶりの再会ですのに」
「先月会ったばかりだろ」
「三日以上会ってないんですから、久しぶりでいいんです!」
やってきた治安局員がステイリィだったということで、ウェイルはゲンナリと疲れた表情を浮かべた。
「ウェイルさんはもっと喜ぶべきです。未来のお嫁さんが、わざわざ出迎えに来たんですから」
「お前を嫁にするつもりは無い」
「またまた照れちゃって。二人で幸せになりましょう!」
「幸せなのはお前の頭の中だけだ」
ステイリィは黙っていれば可愛らしく美人なのだが、性格に少々(どころではなく)難があり、そのせいで色々と損をしている。
本人が全く気づいていないのが、これまた難儀なところだ。
「まさかお前一人で来たのか?」
「もちろんですよ!」
「危ないだろ。治安局員なんだから、いい加減単独行動は止めて誰かとペアを組め」
「私の隣を歩くのは、ウェイルさんだけだと決めてますから……ウフフ」
「気持ちの悪い笑い方してないで、さっさとこいつを連行しろよ」
肩から降ろした容疑者を、ステイリィに預ける。大きな容疑者に小さな局員と、実にアンバランスだ。
「……ん!? 鷲の刺青!? こいつ、もしかして現在手配中の詐欺グループのメンバーではないですか!?」
「ああ、そうだ。とっとと連行してくれ」
「これほどの凶悪犯を、よくもまあ簡単に捕まえなさること」
「詐欺師の逮捕も鑑定士の職務だからな」
「くーっ! さすが未来の夫! 私の昇進の為に、ひと肌脱いだってわけですね!」
「誰が夫だ、誰が」
「手柄はいただきです! これでまた一歩、支部長への道が近づきましたよ~! 旦那様最高!」
「誰が旦那だ、誰が」
本来、犯人の連行は最低でも二人で行うことが決まりなのだが、ステイリィは常に単独で行動している。
理由は手柄を独り占めするためと、他人と協調が取れないためだ。
強すぎる出世欲に忠実なのか、自分勝手なだけか。
(両方だろうな……)
「おい、ステイリィ。あまりはしゃぐな。また三年前のような事はまっぴらごめんだ」
「わかってますって! もうあの時のようなヘマはしません!」
ステイリィはこんな性格であるが故、時々――よりは高い頻度で――凡ミスをする。
三年前、ステイリィは拘束中の犯人を逃がしてしまい、慌てふためいていたところをウェイルに助けられたことがある。
もしあの時、ウェイルが犯人を捕まえていなければ、ステイリィは今頃この白いローブを着ることは出来なくなっていただろう。
その事件以降、ウェイルはステイリィに好意を寄せられるようになってしまったわけだ。
治安局員の単独行動の危険性について何度も説いているわけだが、今も単独行動しているところを見るに、その説教もあまり意味はなかったらしい。
天真爛漫。自己中心。それがステイリィという女である。
「二度とウェイルさんに迷惑は掛けませんから! それではそろそろ犯人を連行します! こら、詐欺男! さっさとついてこい! ウェイルさん。また後でお会いしましょう! ヤンクの酒場でいいですよね?」
「ああ。お前は別に来なくてもいいぞ」
「職務を放棄してでも行きますよ! それでは失礼! おら、早く歩け!」
ずびしっと敬礼をして、拘束した大男をガシガシと蹴りながら連行していく。
「さっさと歩け……って、うわーっ! いきなり早く歩くな~!」
(……ありゃ駄目だ……)
ウェイルの心配を余所に、騒ぎを起こしながら治安局支部へと戻るステイリィ。
凶悪な犯人を連行しているという緊張感が全くの皆無であった。
「無事、治安局に引き渡せてよかったですね」
「いや、果たしてあれを無事と言えるかどうか……。とりあえず一件落着でいいだろう……いいよな?」
思わず疑問形で訊ね返してしまったウェイルである。
ステイリィの声が聞こえなくなったところで、二人は揃って自分の荷物を持った。
「そろそろ俺達も勤労に励むとするか。このままラルガ教会へ向かうのなら、一緒に行くか?」
「いえ、すみません。実は仲間と待ち合わせをしているのです。せっかくお誘いいただいたのに残念です」
社交辞令ではなく、本当に申し訳なさそうな顔を浮かべる彼に、ウェイルも悪い気分はしなかった。
「そうか。では俺は行くよ。そういえば名前、聞いていなかったな」
「そういえばそうですね。うっかりしていました。私はイレイズと申します。この度は本当にありがとうございました」
「礼を言われる様なことをしたつもりはない。これも俺の仕事だって、何度も言っただろ?」
「でしたね。ならまたいつかお会いできた時、何かご馳走させてください。仕事なら報酬が必要でしょう?」
なるほど、屁理屈には屁理屈で。こういうやり取りは嫌いじゃない。
「判った。ならいつか報酬をいただくとするよ、イレイズ」
「はい。では私はこれで失礼いたします」
「ああ、またな」
互いに連絡先を知っているわけではない。
偶然乗り合わせた汽車の、偶然の出会い。
もう二度と会うことはないだろう。
――それでも、だ。
ほんの僅かでも、
いつ、どこで、誰が、どのようにして、この繋がりが影響してくるか、それは誰にも分からないのだ。
この出会いが、後にどう結びついてくるのか。
――ウェイルとイレイズの長い長い因縁は、ここで静かに始まった。
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