おとがなる

かりせ

第1話 アイスクリーム

例えばきのう、


ぜーぜーと息を乱し自転車立ち漕ぎ

なかなか鍵が見つからないドアの前

履いていたサンダルを脱ぎ散らかし

泡立ったまま出てくる泡で手を洗い

実は計算され尽くした前髪の分け目

100円のピンで おかまいなく止める

あらわになったおでこは 堂々とする


スプーンを手にとって

冷凍庫をあけ、のぞきこむ。


NEWの文字に なぜ人は惹かれるのか

新しくても古くても そこにあることに

違いなんて なにひとつないだろうに。


新発売と自信満々にそこにいた

いちご味のアイスクリームを手に取る。

新発売じゃなくたって ずっと

定番のバニラ味だって 美味しいのに。


ふたを開けたしゅんかん、

私は家に帰ってきたのだと気をぬく。

ふわりと香る、わざとらしい

いちごの香りは いつだってあざとい。


ピンクの装いに 可愛さを

これでもか、と見せつけてくるようで

直視できなくなる。


可愛いって言葉を女の子たちって

どうしてあんなに簡単に吐くんだろう。


嫉妬とピンクは敵同士

仲良くなんてなれない


それでも 可愛いと口にしなければ

女の子の世界でなんて

上手く生きていけない


あーあ、きょうもつかれた。


ぱしゃり、

加工のフィルターがかけられた

カメラのアプリで アイスを撮る。


instagramに 投稿する。


たちまちくる いいねの反応に

嬉しさより、うんざりする。


私はしたんだから 返してよね

そういう風にしか考えられない。


たかが いちごのアイスクリーム。


ピンクは可愛い。

だけど ピンクをほっぺに

纏うあの子は どうも好きになれない。

だって 敵わないような気がして。


ピンクのその子を 口に放り込んで、

甘ったるい味は 中毒性を増していく。


明日も 笑わなくちゃいけない。


ひんやりと 口の中で なくなっていく。


それでも 私は ここにいる。


ピンクのこいつが いなくなったって

私は ずっとずっと長く ここにいる。


カチャカチャと鍵が開く音がして

両手いっぱいに袋をさげた

母が帰宅する。


ああ、こんどは どんな子が

そこにいるんだろうか。


手に持っていたスプーンを置いて、

おかえり、と 声をかける。




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おとがなる かりせ @karise

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