第55話 サイクリングブーム

1歳になっても歩きはじめない春馬は、次第に体力を持て余すようになっていた。だからと言って、歩き始めないと公園で長い時間遊ぶのも難しい。市内の子育て広場なども活用していたが、何よりお気に入りはサイクリングだ。


休日も、パパは大学の課題や就活用のエントリーシートの作成に追われていた。自宅に居ると、父がスマートフォンのCMを見て「こんなもんがあるから、世の中悪くなるんだ!」

とわめき散らしている。言葉も理解し始めた春馬にとって、粗悪な環境といえる。


家でのんびりしていたい気持ちもあったが、「おじいちゃん機嫌悪いから行こうねぇ。」

とまだ言いたいことを言えない春馬の気持ちを汲み取り私なりに話しかけた。すると、うんうんと頷く。


自転車で、隣の市の図書館を目掛けてサイクリングすることもあった。河川敷には、菜の花が一面に広がっている。母は、「幸せの黄色い道だね。」

と少女のようなことを口にしている。お弁当やパンを買ってきて、突如ピクニックをするのが最近のお決まりだ。春馬は外で食べると、いつもよりたくさん食べる。よくわからない鼻歌を口ずさみ、ニコニコしていた。


少し遠い図書館には、カーペット敷きの絵本の部屋におもちゃもあり、おはなし会も定期的に開催されている。「夫がイライラして居場所がないから、ここで雑誌を読んでいるの。」

というおばあちゃんに話しかけられることもあった。図書館は、居場所がない私たちのような人間のオアシスなのだ。


パパが急遽時間がある時は、家族3人で水元公園へサイクリングに行った。売店で、つりざおや網、えさを買って魚釣りをしたが30分待っても何もかからない。春ちゃんは、つまらなさそうにえびせんを口に運ぶ。ヤケになっていると、えさとして買ったグルテンをハトがつまみに来た。カラスも、くちばしにグルテンを付けて間抜けヅラ。


「ハトかカラスしか釣れないね〜」

と私が飽きてきたことを強調する。場所を変えて池で何かすくってみようと網を使っていたところ、「透明なエビがいる!」

とパパが大はしゃぎ。しかし、次の瞬間ハサミで網を割かれてしまった。めだかサイズの透明なエビは、あっさり逃亡。


公園を出ると、屋台で200円のたこ焼きを小学生と一緒になって食べた。なんだか丸くない素人のたこ焼き。マンダリンオリエンタルの元パティシエのケーキ屋さんも発見した!たこ焼きと同じく200円のプリンは、たまごの味が濃くてケーキのようだ。サイクリングをしていると、普段なら見逃してしまうようなお店を見つけられるのもなかなか面白い。


時々、ナーバスな気分になることもあるけれど、お金がなくても居場所がなくても、楽しめる方法を自分たちで編み出しつつあった。






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