第23話 ロマンチックな名付け

私は、名付け親になることに憧れていた。我が家の前に、雨の中、足を引きづり目も開かないまま身体は濡れネズミのような子猫が落ちていた。その子を飼うことにした時も、私は名前に悩んだ。


一週間近く悩んでる私に、母が名前がないと不便だと急かす。結局、母の「ふくちゃんなんてどう?お腹が大福みたいでかわいいってあなた言っていたし。縁起も良さそう。」

という一言で、ふくちゃんという名前になった。そういう訳で、私は名付け親になれなかったのだ。


中学生や高校生の頃も、友達とファミレスの紙ナプキンに理想の子どもの名前を考えた。身近な友達の名前、流行りの芸能人、マンガのキャラクター。


今回こそ、名付け親になるのだ!図書館で名付け辞典を借り、ネットで画数を調べ、性別も女の子と確定したので考え抜いていた。候補は、出来る限り多く。はるかちゃん、りかちゃん、ゆうなちゃん、なつみちゃん、ももちゃん、ななみちゃん、ゆうかちゃん。たくさん考えた。男の子も一応ね。ひろとくん、ひなたくん、こうへいくん、たけるくん。


蓋を開けてみたら、男の子。しかも、顔を見ると男の子の考えていた候補はしっくりこない。産後のボーッとした頭で考えた。しかし、中々画数も含め納得行く名前がない。出生届は、14日以内。しかも、息子は新生児室にいる。出来るだけ早く、出生届を出して高額医療の申請をしなければならない。またも、名付けに焦る私。


しかし、夫は全く前々から考えていなかったはずなのに、「春馬がいいよ!春らしい晴天の日に生まれて、馬なんて字が入っていたら元気に育ちそうだ。」

ここまで言い切られてしまうと、そんな気がして仕方ない。


不安定な私に付き添い、産後1日目の夜は母が付き添ったが、狭いパイプの折りたたみベッドでは疲れが取れず、次の日からは毎日夫が夜は側にいてくれた。個室なので、消灯後も名付けについて思いつくまま議論したが、やっぱりこれ以上の名はない。「私、はるちゃんって呼びたいな!」とか言って、また私は名付け親になり損ねた。


そして、出生届を出してから気づいたのだが、春馬と付けたのは、「春らしい晴天の日に生まれて、馬なんて字が入っていたら元気に育ちそうだ。」なんていう最もらしい説明とは無縁だったのだ。


私たちが、付き合いだしたのは2011年の2月。このひと月後には、東日本大震災が襲った。関東は、すぐに日常を取り戻したが、ファミレスのメニューが揃っていなかったり、計画停電が行われる影響で営業時間が短縮されたりと、デートの行き先もなんとなく限られていた。


そのため、夫は我が家に来て、私が当時お気に入りだったフジテレビの三浦春馬主演ドラマ「大切なことはすべてきみが教えてくれた」を録画で一緒に見ていたのだ。今思えば、私に合わせて、普段見ない恋愛ドラマなんか見て、夫は浮かれていたのだろう。


私は、春馬と聞いても全くピンと来なかったが、そうに違いない。実は、私より夫の方がロマンチストなのだ。何だか、わかってしまって恥ずかしくなった。あぁ、小学生になって名付けの由来を聞いてくる宿題が出たらなんと答えよう?「ママが三浦春馬のファンなの。」

っていう方が、よっぽどスマートな気さえしてならない。

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