第22話 母乳100本ノック開始

私が、市立病院での出産を決めたのは、心臓の持病があるからだ。万が一のため、循環器内科がある病院で、麻酔専門の医師が常駐している病院、そして体調が悪くても通える距離にあるのはここだけだった。


もちろん、シャンデリアのついたお姫様仕様の病室で、フレンチのお食事、手作りおやつ、帰宅前のエステ付き。そういう病院が、近所にあったので憧れもあったが、市立病院を選んだメリットもたくさんあった。


今回は、その一つ。母乳指導についてを紹介する。これは、もし自分の友達に子どもが出来たら教えてあげようと思い育児日記に丁寧に書き記しておいたものだ。


母乳が出ないから諦めたという話をわりとよく聞くが、実はそれには大きな問題があった。妊娠中のおっぱいケアなんてしてなかったしなぁ…なんて声もあるが、私自身早い時期にお腹が張りやすくなるためそういったケアは一切出来ていなかった。大切なのは、『産後できるだけ早く2,3時間ごとに母乳を絞ること』なのだそう。


「出産で疲れているだろうけど、今頑張れば、夜中の授乳も寝たままおっぱい出してあげちゃえばいいから、楽よ。ミルクだと、哺乳瓶の洗浄も面倒だし…」

という看護師さんの言葉も、ズボラな私には響いた。


そして、両親学級で聞いてきた、母乳をあげると自然と出る『ハッピーホルモン』も体験したかった。子宮の回復を早めたり、産後ウツを抑制したりと何かとママにも授乳はメリットがあるらしいのだ。


私は、帝王切開手術当日は、夕方からの手術だったので麻酔も効いていてそのまま眠ってしまった。その次の日は、トイレへの歩行に慣れ、新生児室での赤ちゃんとの対面、夕食から食事を再開しただけで一日が終わった。母乳をスタートしたのは、出産後2日目だった。


朝ご飯を食べる間もなく、起こしにきた看護師さんがおっぱいを見てくれることになった。大切なのは、やはり乳首。丁寧に、力任せにせず縦から横から乳首の周りをマッサージしていくと、毛穴のような穴から母乳が点々と付いてくる。力は入れすぎてもダメ。それを、赤ちゃんが近くに居れば口に含ませるが、私は我が子が新生児室に居たので、子どもに薬を与える時に使う注射器のよいなものを使い地道に集めた。


朝ご飯も食べず、集めた母乳はわずかに1ml。砂金採りに負けない、地道さだと思う。でも、母乳、特に初乳には赤ちゃんの免疫を助けるメリットがあるのだ。新生児科の穏やかな先生も、よく寝て初乳だけでも採ってきてとお願いしていた。


赤ちゃんが隣に居るママでも、授乳の他に搾乳もしていた。生まれたばかりの赤ちゃんは、それほど母乳をゴクゴク飲まない。私も、赤ちゃんに会えるのは一日に一瞬だけ。2,3時間ごとに搾乳しても出るのはわずかに1ml。それをパックに入れて冷凍してもらう。産後一週間を迎える頃には、500mlつまりペットボトル1本分の母乳を出せるようになっているのが、理想だと聞くとスタートダッシュに失敗している気がしてげっそりした。


お昼過ぎに、赤ちゃんに1時間面会に行くと睡魔に襲われたが、夫が「こんなに少ない母乳どうやって採ったの?大変じゃない?」

と興味津々で聞いてくるので、恥ずかしげもなく搾乳の仕方を看護師さんから聞いたばかりの知識を交えて実演した。共感して、おもしろがってくれなかったら、寝ていただろう。1ml採るのに1時間もかかるのだ。


そんな形で、母乳100本ノック生活がスタートした。初日の成果は、1mlが3回。合計3ml。まだ、胸が張って苦しいこともないので、寝る前に一度採って、夜中は搾乳せずぐっすり寝た。2日目は、5ml,10ml,10ml,20mlと順調に量を増やした。搾乳は、小さな注射器で採るのでらなく、消毒済みのミルク瓶に直接牛の乳搾り体験ように絞れるようになった。3日目は、40mlずつ3回と20mlずつ3回。胸が張るようになってきたので、夜中も搾乳をするようになった。


そのリズムを守っていると、退院時には目標の500ml程度に到達していた。私は、自分が退院後も入院中の赤ちゃんが直接母乳を飲んでくれる日を夢見て、搾乳量を記録し、夜間も搾乳に取り組んだ。赤ちゃんが新生児室にいる私が、ママとしてやれることはこれしかなかったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る