第20話 2370gの男の子誕生

「手術は、1時間後ね。」

と主治医に告げられてからは、慌ただしく準備が始まった。体毛を剃る人、尿管を入れる人、帝王切開の同意書を読み上げて記入を促す人。どこにそんなに看護師さんが居たのだろうか?と思うほどに、人が行き来する。


ストレッチャーに乗り手術室へ移動していると、天窓から雲ひとつない青空が見えた。横には、夫が付き添い「がんばって!」とありきたりのことを言う。あぁ、もう赤ちゃんに会えるのか。辛かった妊娠中の日々が、頭を駆け巡る。


家族が入れないエリアでは、看護師さんが緊張を解きほぐそうと、懸命に話しかけてくれた。

「私、実は5人も子どもが居るのよ。もう、あなたくらいだけどね。」

「帝王切開で一番大変なのは、麻酔をかける時なの。すっごく太い注射だから、見たらびっくりするかも。でも、力を抜いてれば大丈夫よ!だれかに、がっしりしがみつくのがいいわ。木の幹みたいな私にする?それとも、せっかくだから先生にしとく?」

女子高生のようにはしゃぐ、木の幹のような看護師さんに癒された。


私は、その木の幹のようにパワーを持った看護師さんに手を握ってもらった。本当に、5人のお母さんというだけあって、私のお母さんにもすぐになってくれた。


パニック障害の私は、新しい場所や心配があると、すぐに変な汗をかいたり、吐き気がしたり、脈拍が上がったりするので、帝王切開とはいえ不安だった。本当に、ぬいぐるみに抱きつくように看護師さんの腰に手を回し、力を抜いて麻酔を待った。痛かったのは、ほんの一瞬。自分の脈拍をモニターで、冷静に観察していた。


「こんなに落ち着いてる妊婦さん珍しいよ!妊娠中は、ほんとどうなるかと思ったけどあと少しだ。」

主治医の先生は、いつも大丈夫大丈夫と呪文のように繰り返していたのに、本当はどうなるかと思っていたのかとぼんやりした頭で思った。


下半身麻酔なので、カーテンの下での動きや振動は麻酔をしていてもしっかりわかった。お腹を切ったなと思った途端、赤ちゃんがすぐに出てくる。

「ミャーミャー。」

産声が、うちで飼っている猫ちゃんが若い頃に似ていた。

「生まれましたか!ちゃんと泣いてるし、小さいけど、大丈夫だ。」

とかなんとか言いながら、新生児科の先生が、すぐに洗って赤ちゃんを私のほっぺにすりすりしてチューしてくれた。ふわふわしてて、かわいい。


だけど、あれ?ちんちんがある!5ヶ月の頃、2回くらい性別を聞いて、女の子だと言われていたので、いちごやキティーちゃんのお洋服を買ってしまっていた。しかも、元気いっぱいな男の子。私に育てられるの?疑問が、頭を埋め尽くすと同時に、観察していたモニターの脈拍は140を越えようとしていた。


先生と赤ちゃんは、静かに別室に行ってしまった。ただ、ここからが長かった。胎盤が癒着していて思うように、取れないのだ。私の身体は、軽いので、胎盤を引っ張っているのに身体ごとついて来てしまう。看護師さんがしっかり押さえつけてくれて、やっと少しどうにかなる。内臓が、伸ばされているようでなんとも気分が悪い。私の脈拍は、ここからまた再浮上したので、赤ちゃんも取り出したし、全身麻酔に切り替えられた。


この後の記憶はない。私は、手術室から出ていた。「よかったね。男の子だって。俺は、赤ちゃんのとこ行って、書類やら説明があるみたいだからゆっくりしててね。」

と言って、夫は消えてしまった。側には、母が居るようだ。私は、ゆっくりまた目を閉じた。


次に起きたのは、飛び起きるような縦揺れの地震によってだった。市立病院が古い建物ということもあり、電気から点滴からすごい揺れだった。私の身体は、思うように動かない。「お母さん!どこ?やだ、怖い。赤ちゃんは?」

今自分の居る場所もわからず、声を上げた。すると、お隣から声がした。「余震だね。地震から、1年だから何かあるのかな?大丈夫よ。赤ちゃんは、新生児科に居るでしょう。看護師さん来てあげて!」

お隣のベッドの人が、子どもをあやすように私に声をかけてくれた。


帝王切開後は、熱が出るのか、頭が熱くて、一度起きると気分が悪かった。看護師さんが、アイスノンを用意してくれるとどこかに行ってしまった。


ケータイで時間を確認しようと見ると、夫からメールが来ていた。「大丈夫だった?余震だね。震度4だって。面会時間が終わっちゃったから、帰ってる途中に地震が来たんだ。もう少し、粘ればよかったね。赤ちゃんは、元気だよ。明日、朝一で行くからさ。」


優しい夫のメールを見て安心すると、私は、静かにまた眠りに落ちた。




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