第6話 愛の試練

つわりが長引き、私の体力は落ちていく一方だった。飲み物は、お茶だと味が苦く、水は論外。三ツ矢サイダーが、私の砂漠のような体を癒すまさに命の水だ。炭酸の泡と程よい甘さで、さっぱりするのだ。


常に、口から唾液を吐き出す唾づわりのせいで、唇はガサガサ。そのうち、唾だけでなく。激しい嘔吐も出てきた。あれは、胃腸炎や食中毒を連想する全く止められないレベルのものだ。


サンドイッチや、ソーメン、そば、煮物、スープ、果物。「これなら、今は食べられそう!」というと、彼や母がすかさず買いに走ってくれたり、作ってくれたりした。それでも、食べられるものは限られていたし、体重は元の体重より2,3㎏減って、40㎏を切ろうとしていた。


ひと月も、こんな生活が続くと、そのうち吐き出す物さえなくなった。喉が切れて、血の塊を吐く日々。なんで私だけが、こんなに辛いの…という思いが押し寄せて、吐きながら泣いた。


大好きな彼の前で、吐くのも嫌だった。汚いと思われたくなかった。嫌われたくなかった。大学の夏休みも明け、学校が始まった頃がつわりのピークだった。彼は、授業が終わると、一目散に、私の家に来てくれた。


でも、話しも出来ない、大好きな彼の体臭さえなんだか受け付けない。これは、後で知ったことだが子どもを身ごもることでパートナーとの遺伝子が一番近くなるからだそうだ。そんなこともあって、私は冷たく言ってしまったのだ。

「どうせ、吐いてばかりだし、来てくれなくてもいい。お母さんも居るし。」


私は、なんて冷たかったんだろう。妊婦である自分が、一番大変だと思った。彼をズルいと思った。でも、彼はやはり穏やかだった。声を荒げることもなく静かに言った。「俺の前でも、吐いてもいいんだよ。」

私の汚いところを見られて嫌われたくないという心に気づいていたのだ。


彼は、これを期に一層私のサポートに力を注いだ。夜間に、私が鳥の奇声のような声をたてると、すぐにムクッと起き上がり、目も開けないまま背中をさすってくれた。よくタイミングを察して背中をさすってくれるので、安心して、私は吐いた。「オレがいる時に、しっかり吐いておけば楽になるんじゃないかな?食べた後、気分悪くるの心配なら、一緒に居るから。」

心底優しかった。


結婚式の神父の誓いの言葉ではないが、病めるときほど、彼は優しかった。それは、今でも変わらない。私は、この人と居れば大丈夫。つわりで、荒んでいく心にも光があった。私たちの愛を確かめるための試練だったのかもしれない。まだ、付き合ったばかりの20歳の若者を神様は秤に掛けたのだ。


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