殺人鬼の法典

あたりめ

本文



食う、寝る、殺す。六朗零士は殺人鬼として実にまっとうな生き方をしている。そして私もまた、その生き方に肯定的な人間である。刹那的で快楽的な生き方なもので、それがずっと続けば幸せなのだろうけれど、残念ながら私たちの生き方は世間には未だ受け入れられていない。いつか私たちの危なげな享楽は崩落を迎えるだろう。それが誰によってもたらされるかは別にして。


「れーじくんっ、セックスしよっ」


私が訪れるたび、零士くんは決まって嫌そうな顔をする。不機嫌そうともとれる。その日は珍しく金回りが良かったらしく、橋の下でなく都内のビジネスホテルに零士くんは泊まっていた。零士くんはお人好しである。ホテルならば入れなければいいものを、こうして結局、部屋に招き入れてしまうのだから。

零士くんはいつもの分厚い上着を脱いで、それなりに整った筋肉をさらけ出していた。だるそうに後ろ頭を掻く零士くんに続き、私も部屋の奥へと向かう。酒と煙草と、零士くんが普段つけているきつい香水のにおいがする。テーブルを見ると、開いた缶ビールとツマミが置かれていた。酒盛りの途中だったらしい。

零士くんはテーブル前にある椅子に足を広げて座ると、ぐいと缶ビールをひとくちあおった。行儀が悪いなあと思いながら、私は零士くんのうしろに回って、零士くんの首に腕を巻き付ける。


「れーじくん、セックスしよー、せっくすー」

「しません」

「えー」


前のめりになって、零士くんの肩に体重を預ける。そのまま頭をぐりぐり押し付けてみたものの効果はまったくなく、零士くんは素っ気ないままなのだった。

いつもそうである。

私は同じ殺人鬼という価値観を共有できる零士くんが大好きで、零士くんとまぐわいたくてたまらないのだが、彼はそれを突っぱね続ける。たぶん、零士くんは私のことが嫌いなのだろう。零士くんは私が居るとき必ずむっつりと黙り込んでしまうから。

なので、せめて一回くらい記念にやらせてくれないかなあ体の付き合いだけでもいいんだけどなあと考えアピールしているのだけれども、やっぱり零士くんは拒否をする。私に魅力が足りないのかもしれない。日々精進である。


「れーじくん、せっくすしてよう」

「俺は店で割り切る派なんだよ。分かったか?」

「じゃあ、お金払ったらセックスしてくれる?」

「じゃあって、なんだよ。どうしてそうなる」


零士くんは頭を乱暴に掻いて、再び酒を煽った。苛々しているのは明白だ。これ以上やると完全に嫌われてしまうかもしれないので、本日はこのあたりで引き下がることにした。零士くんから離れ、備え付けのベッドにダイブする。枕に顔をうずめて、しばらく拗ねたようにしてみる。拗ねた真似であり、悲しいわけではない。ただ、こういうとき、決まって私は人を殺したくなる。私はたっぷり血を浴びるような殺し方が好きだ。けれども、零士くんとはその点でも分かり合えず、彼は血が大の苦手である。零士くんはいつも絞殺だ。同じ殺人鬼ですら分かり合えないともなると、やっぱり、幸せどころか日常というものもままならない。境界線は人によって違う。そして私たちは、著しく違う。しかし、それでも、その線引きをなくすことまではかなわないのである。

しばらく、枕を抱えてじっとしていると、零士くんが盛大に嘆息して私のほうへとやってきた。ベッドの軋む音がしたので、腰かけたのだろう。零士くんの手が伸びてきた。と思えば、ぐいと粗雑に肩を引かれ、体を起こされた。

かと思えば、また寝かされた。反対方向に。零士くんの太ももに、ちょうど頭が乗るかたちで。


「かたい」

「うるせぇ」


それきり、零士くんは黙ってしまった。私はどうしたものかと悩んでいるうち、どれくらい経ったろうか、かなり経過したと思うが、やっと、零士くんが口を開いた。


「俺は、好きな女ではマスもかけねぇタイプなんだよ」




結局、人から外れた私たちも境界を決めて歩いている。今にして思えば、あの報われない日々もそれなりに幸せだったのではなかろうか。結局私は抱いてもらえなかったし零士くんも抱かなかった。私にとっての想いの到達点はそこだったので、残念ながら私の思慕は届かなかったかたちになる。それでもそれなりに充実はしていた。恋をしていた。人によっては、これが鬼への罰なのだとでもいうかもしれない。その通りだとも思う。私の恋はかなわなかったし私の恋は終わった。私の隣を歩いていた彼は今、もう私の隣に居ない。


零士くんは、捕まっていた拘置所で首を吊って死にました。

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