7、先輩と写真とメイド
昼休みになって、山本裕斗が昨日撮った写真を見せてくれた。
「ひでぇよ空太。黙って帰っちまうなんてさ」
「先に帰るぞとは言ったぞ」
冗談を交わしながら、草むらの中で手振れして謎の生き物になった緑色の虫っぽい何かの写真を、デジカメの小さい画面で次々と切り替えてゆく。似たような画像ばかりだ。
友人の下手な撮影結果を眺めている空太の手元を見ていた裕斗が、不意に声をかけた。
「昨日、見たんだけどさ」
「なにを? カマキリだっけ、バッタ?」
「ちげーよ。ほら、その写真」
似たような草むらの写真が続いたあとに、急に町並みの写真があった。夕暮れで不鮮明だったけれど、歩いている人がふたりほど居るように見える。
「あと二、三枚あるから」
裕斗に言われてその次、また次と写真を見ると、画像中の人物は女と男であるのが分かった。女は空太たちと同じ高校の制服姿で、男はスーツ姿で女の背後を歩いている。
「どう思う?」
「どうって言われてもなあ」
かなりの距離をおいて後姿を写しているので、それが誰かはいまいち分からない。拡大してみるものの、不鮮明なのはあまり変わらなかった。
「ほら、似てるだろ」
「似てる? 誰に?」
空太の疑問に答えて裕斗は教室の片隅を指差す。そこは空席で、本来座るはずの生徒は食堂かどこかへ行っていて不在だった。そこは風宮深美の席だ。
「え、そうか?」
「やっぱこの写真じゃ分からないか。実際に見た感じだと、それっぽかったんだけどな」
空太の手からデジカメを取り上げて裕斗は肩をすくめる。しばらく手の中で操作して、またデジカメの小さな画面を空太に向けてきた。
「これ、一昨日な」
画像は同じように夕方の町で、人通りも多くない中、やはり高校生女子とスーツ男が写っていた。
「それも?」
風宮なのか、と口にすることを躊躇って空太が訊ねると、裕斗は頷いてみせる。それからまたデジカメを操作して、再び空太に画面を示した。
「先週。たぶんずっと同じ男」
「マジかよ。ストーカー?」
今度の画像にも、同じようなふたりが写っていた。女子の方は真後ろよりは少し振り向き気味で、横顔まではいかないまでも、深美かもしれないと思えるくらいの長い前髪とマスクであるようにも見えた。
「さあな。父親とかじゃないんだろうけどな」
言って裕斗はデジカメをケースにしまう。それを指差しながら空太は訊ねた。
「どうするんだ、それ?」
「どうって、どうにもしようがないだろ。風宮には言ったけど、気にするなってさ」
「気にするなって……」
そんなことを言われても気になるに決まっている。空太が見る空席に、深美が戻ってきたのは休み時間終了を告げるチャイムが鳴り終わる頃で、結局何も話すことはできなかった。そのあとも授業の間や放課後を狙ったが、決まって深美の姿は教室には無かった。
放課後になり、明日は必ず風宮に裕斗の写真の話をしようと決心しながら、空太は部室に向かった。少子化が進んだせいか、空いている教室が増えて、その空間をパーティションで区切って少人数の部活に割り当てられている。その中のひとつが飲料部で、別のひとつが散歩部だったり、はたまた名も知らない活動も不明の部だったりする。たいてい、この手の部はあまり活動が無かったり、あるいは散歩部のように部室は物置でしかなかったりするので、だいたいは人の気配の無い場所になっている。静かで落ち着くと言うこともできるし、名目だけ部に入って自習室として勝手に使っている者もいるという話も聞く。
「あれ」
空太がパーティションから顔を出すと、飲料部の部室には先客がひとり居た。二年の那須立佳だ。ふわりとだが何かを企んでいるような口元で、先輩は笑顔を向けてくれる。
「えへー。来たね池野くん。さあ手伝って」
立佳が一歩身体を横にずらして場所を空けると、そこには各部に割り当てられている机がある。教室で普段使っているものと同じやつだ。木の天板に金属で物入れと脚がついている。その向こうに、うずくまって隠れようと無駄な努力をしている人物が居た。
「や、先輩、ちょっと、動かないでくださいっ」
元々隠れている顔を隠すようにして丸くなる風宮深美は、制服姿ではなかった。
「えっと?」
立佳と深美を見比べながら訊ねる空太に、先輩が机の下を指差しながら答えてくれる。
「恥ずかしがって、出てきてくれないの。可愛いのに」
「いや、まあ」
説明になっているような、ないような立佳の言葉に、どう応じたものか困りながら、空太は机に歩み寄ってその下を覗き込む。
「大丈夫か? 風宮」
「ひっ、ひゃああ! 見ないでっ!」
ますます丸まる深美の頭にレースで装飾されたカチューシャのようなものが載っているのが見えた。
「メイド服?」
「ね、可愛いでしょ?」
戸惑いを口にした空太に、同意を求めて立佳が声をかける。短めのスカートから脚がのぞき、靴下や上履きは普通に学生なのが、妙に衣装の特異性を際立たせている。あと脚の間から下着があわや見えそうだ。
「いや立佳先輩、どうして風宮がこんなことに?」
慌てて机の下を覗くのをやめて上体を起こした空太は、確かに可愛いけど、と思いながらも立佳に向き直って事情を問いかける。
「昼休みに、ここに来てって頼んでおいたの。ね、池野くん、深美ちゃん、どう?」
「どうって」
「池野くんが来たとたんに、こんなに恥ずかしがっちゃったんだよ?」
「え?」
思わず机の影にいる深美の方に振り向いた空太に、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「ち、違いますっ! 違うからっ!」
「もう。だったらそんなに隠れなくていいのに」
軽く受け流す立佳に対して、しばらく黙った深美だったが、不満そうに呻りながら、しぶしぶといった様子で立ち上がった。
「あ、かわいい」
相変わらず顔は見えないものの、メイド服の全身像を見て思わず空太が呟いたとたん、深美は後ろを向いてまたしゃがんでしまった。
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