カタギのお仕事なのでしょうか
エミが作業を始めてから1時間ほど経った頃。元々騒がしかったフロアに、一つの叫び声が響いた。
「マーズ・ワンが死んでる!」
―――え、何?死んだ?
突然の不穏な言葉に、エミの作業の手が止まる。すると、先の叫び声を皮切りに怒号が飛び交った。
「さっきから公開ウェブの反応がありません。ピンを飛ばしても反応がありません。」
「どうするんだよ!マーズ・ツーは生きているのか?」
「駄目です。こちらも反応がありません。」
「原因は?」
「最近マーキュリー動いている監視プロセスがよく暴走するので、その所為かと。この間コイツが暴走した時も不安定になってましたし。コイツを殺せばなんとか。」
「現象を調査して、監視が暴走しているようならキルして再起動。マーキュリーは専用サーバじゃないんだから、他の業務に影響する前にヤれ。急げ!」
「了解です。すぐヤリます。」
「原因わかったら、報告忘れるなよ!」
飛び交っていた声がひと段落すると、人がバタバタ移動する音と、カタカタと、恐らくキーボードを叩いている音が響き始める。
聞こえてきた衝撃的な内容にエミは作業に集中できず、いったん小休憩することにした。何かの符丁なのだろうか?それにしても、死ぬだの殺すというのは物騒すぎる気がする。とすると、マーズだの、マーキュリーだのというのが何かの隠語なのだろうか?
―――マーズもマーキュリーも、確か惑星の名前……でも、どこかの神様の名前だったような気がする。一体何を指しているのだろうか?生きているとか、死ぬとか殺すとか、何か動物を使った実験でもしているのだろうか?でも、暴走してるとかも言ってなかっただろうか?だとすると、危険な動物を扱っている?ヤバい。もしかして、来てはいけない会社に派遣として来てしまったのではないか?
エミが独り考え事をしていると、別の話し声が聞こえてきた。
「ねえ?暫く前からミーアキャットの反応がないんだけど。」
「ミーアキャット?この頃ちょっと調子悪かったよね。ちょっと待って、状態見てみるから…あぁ、死んでる。これ、完全にご臨終だな。」
「ええ!今死なれても困るんだけど?×××の情報、全部入れてるのよ!」
「バックアップとってあるからデータは大丈夫だと思う。グリズリーの方にアクセスして。」
「分かった。でも、こういうのは勘弁してよね。急に死なれても困るんだから。」
「はいはい。大分長く頑張って働いてたからなぁ。この際、古いの全部入れ替えた方が良いのかなぁ?」
「そうね。一斉にバタバタ死なれても困るし、そうしたら?」
エミの頭から、血がサーっと降りていく感覚が襲う。背筋に、嫌な汗が伝うのが分かった。
―――大分長く頑張って働いていた?バタバタ死なれても困る?何ということだろうか。よりによって、働かせるだけ働かせておいて、死なれても困るから入れ替える?完全にブラックではないか。
その後、エミは作業に集中できず、思うように作業を進めることが出来なかった。時間が来て、様子を見に来た担当者に結果を報告すると、ちょっと難しい顔をした。
「思ったより進んでないね。書いてある内容難しかったかな。何か詰まるようなことでもあった?」
担当者の質問に、エミは言い訳をした。
「えぇと、すみません。こういう作業が初めてで、作業に手間取ってしまいました。ごめんなさい。」
「慣れたらもう少しスピードアップするか。期間は3日間だから十分間に合うか。今日はお疲れさま。明日も宜しくね。」
「はい。明日はもっと頑張ります!失礼します。お疲れ様でした!」
大きな声で挨拶をすると、エミは足早でその会社を去った。ちゃんと働かないと殺される。聞こえてきた会話にあったように……。
で、今に至る。緊張と不安で身体がカチコチだ。
トモ:その会社大丈夫なの?行かない方が良くない?
エミ:でも、そんなことしたら余計に危険な気がする。明日も宜しくって言われちゃったし。絶対に行かないと。
トモ:ヤバいって
シオリ:そんなに気にしなくても大丈夫だと思うよ?
エミ:なんで?死ぬまで働かせ続けるようなところだよ?
シオリ:IT系の会社でしょ?きっと、変な会社じゃないと思うけどなぁ
そんなSNSでのやり取りは、ご飯を食べるのも忘れ、夜更けまで続いた。
一体何のお仕事ですか? 由文 @yoiyami
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