試練の始まり、会社への道のり

―――朝。


 ハンバーガーショップで朝食を済ませた後、派遣先に行く前にメイクのチェックをする。派遣サイトには服装はスーツ出なくてよいと書いてあったので、派手にならない程度の私服にしている。それに合わせてメイクもナチュラルにした。 


 今月は出費が多く生活費がピンチのため、とりあえず休日には率先してバイトを入れるようにしている。今日は普段良くいく派遣先の募集が埋まっていたため、未経験可でも歓迎の仕事を探して、今回のバイト先になったのだ。

 体力仕事やパソコンなどを使えたりすると、もっと割がいい仕事もあるのだが、エリにはそんな体力も能力もない。運動は大の苦手だし、パソコンだって大学のレポートを出すときに使うくらいだ。一昔前はパソコンでないとネットを出来なかったらしいが、スマホさえあれば何の問題もない。実際、そんな能力なんか不要だと思っているくらいだ。今回の派遣先もパソコンを使うものと、使わない内容の二種類あったが、使わない内容を選んだのだ。


「よし。」

 時計が待ち合わせ10分前になったのを確認すると、トレイをもって席を立った。目的のビルは目の前だが、社会人の世界は5分前行動だ。まだ学生とはいえ、来年は自分も就職活動をしなければならないし、こういう時は気を付けるようにしている。トレイの上のゴミをゴミ箱に捨てトレイを返却口に返すと、ハンバーガーショップの外に出た。


 交差点を渡り、向かいのビルへと歩く。念のため、スマホを取り出し地図アプリで位置を確認する。目の前には、大きなビルが建っている。両隣のビルを見たが、同じくらい大きいビルだった。

 買い物でデパートなど商業施設の大きなビルにはよく入るが、オフィスビルは初めてだ。おしゃれなビルとは違い、ただ無機質で大きいビルは、見上げるとこちらに迫ってきそうなほど大きく見えた。

「うわ、おっきぃ。」

 思わず呟いてしまったのに気づき、思わず周りを見回す。聴かれることは無かったのか、誰も気に留めている様子はなかったが、恥ずかしさが込み上げる。そそくさと自動ドアをくぐって、ビルの中に入った。そこは広いホールだった。あちこちにスーツを着た人が数人で集まって何やら話をしている。なんかもう、ザ・ビジネスといった雰囲気が漂っている。私服でいるのは自分だけではないだろうか?なんか孤独感にも似た場違いな空気を感じつつ、目的の場所に向かおうとする。

「確か、五階だったよね。」

 スマホを操作し、派遣先の会社があるフロアを確認する。広いホールを横切り、エレベーターのある場所に向かう。上行きのボタンを押し、扉が開くのを待つ。待っている間に、スーツ姿の人達が続々と後ろに並んでくる。エミは、酷く場違いな感覚に陥る。


―――今日の場所、ここでいいんだよね?


 不安に駆られ、思わずスマホを取り出し再度今日の派遣先の情報を確認する。合っているはずだ。大丈夫、と心の中で呟き、何とか心を落ち着かせる。

 ポーン、と大きな音を響かせ、ようやくエレベータの扉が開いた。エレベーターの奥に早足で入っていく。エレベーターの扉が閉まり、動き出したところで脇にある行先のボタンを押そうとする。だが、そこで気が付く。行先の5階を示すボタンが無いことに。5階どころか2階から9階のボタンが無く、10階からしかボタンが無かったのだ。

「え?5階は!」

 一人で狼狽えていると、隣の女性が小声で教えてくれた。

「5階に行きたいの?このエレベーターは10階から19階にしか止まらないわよ。2階から9階に行きたい場合は、隣のエレベーターホールに行かないとダメなんだけど。」

 恥ずかしさのあまり逃げ出したい気分だったが、動き出したエレベーターの中ではどうしようもない。止まった階で急いで降り、下行きのエレベータに乗って1階に引き返した。

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