第81話 刻に縛られた者/見捨てられた者㉔

 一切合財、全てが停止した世界。


 白と黒で色分けされた色彩の中、ルージュのみ意識があった。

 さらに超感覚とは違い、動ける。


「やった……」


 ルージュは半分信じられない気持で、唖然と呟く。

 刻魔眼の新たな能力。


 確かに、ルージュのキャリアではとっくにできて当然とも言える現象ではある。

 けれど、ルージュの戦いはあまり魔眼に頼らないこともあり、戦闘を通して魔眼の鍛錬がなされてなかったのは事実。


 それが原因なのだろう。


 しかし何はともあれ、戦局は変わった。


 ――最強じゃない……。


 止まった時の中で敵をしとめるなど、あまりに容易い。

 ガードも回避も絶対にしてこないのだ。

 正に止まった的に当てるのと同じだ。


 ルージュは呪印銃の銃口をキャンサーに向ける。

 マグナムを撃った後に必要なクールタイムはすでに終わっていた。

 つまり最後の一発をヒットさせればルージュの勝ちなのだ。


「これで終わりよ、キャンサー!」


 そして引き金を引いた。


「えっ?」


 何も起こらない。

 ただ空しくカチカチと意味もない音が響くだけだった。


 ――どういうこと? 超力が発動しない!?


 呪印銃はノワールが超力を送り、それを弾丸にして射出する。

 だが現状ではルージュの供給すべき超力が何故かほとんど反応しなかった。

 シードから超力が精製されないのだ。


 呪印銃に流し込む超力の量はゼロではない。だが通常弾を撃つのに必要な量すら遙かに下回っている。


 まして強化弾たるマグナムなど撃てるはずもなかった。


「これじゃ何の意味も……」


 裏切られた期待が、ルージュは失望のどん底に追い込む。

 だがこのままでは時の止まった世界も終わってしまう。

 おそらく超感覚と同じくらいの時間なら、もう猶予は残っていない。


「クッ……」


 ルージュは全力で疾走を始める。

 攻撃が不可なら、せめて石化泡攻撃だけは避けられるように移動しなくてはならない。


 ルージュは動かぬ泡の隙間を掻い潜って、キャンサー本体のところまで行く。


 そこで時が動き出した。


 世界に色が戻る。


 ルージュはそのままキャンサーの背後にまで回った。


「むぅ!?」


 キャンサーが移動したルージュに気付き、驚愕の声をあげる。


「アンタ、いつの間に!?」


 止まった時の中でルージュは動いていたのだ。

 逆にキャンサーの視点からすれば瞬間移動したように見えてしまったのだろう。


 ルージュは呪印銃の狙いをキャンサーの体の中心に合わせる。

 先ほど撃てなかったのは、おそらく時間停止の最中だったからなのだとルージュは推測した。


 ならばそれが終わった今なら当然に問題はない。

 現在キャンサーは想定外の事態になお隙だらけ。


 そして今度こそトドメを刺せる。

 ルージュはその想いで引き金を引いた。


 カチ――と無情にして空虚な音がなる。何の意味もない金属の擦れる音。

 またしても空振り。呪印銃は物言わぬ石像がごとく、何の反応も示さなかった。


「このポンコツがぁ……」


 超力が発揮できない。

 しかも超力が使えない以上、魔眼も当然に発動が不可能。


 ピンチを過ぎたら、さらなるピンチが来るだけだった。

 時間停止のリスクは重かった。


「何だか秘策と言うより、アクシデントに近かったようね」


 キャンサーがジャンプして半回転をする。

 ルージュと対面する形になってしまった。


 死が迎えに来る。


 カチカチカチ――ルージュはまるで取り憑かれたように呪印銃の引き金を引いていた。

 しかし奇跡は起こらない。


「動きなさいよ、このポンコツ!」


 憎々しげに呪印銃を詰るも、だからどうしたと言わんばかりに無反応。


「いい偶然と悪い偶然、両方引き合わせちゃったって感じかしら。アンタは天運を引き寄せる器ではなかったのよ」


 キャンサーの両鋏に紫色の輝きがチャージされていく。夜を忘れさせるような光源が、場に満ち溢れる。


「もう少し女子力が高ければ、運命は変わったのかもね!」


 大口径超力砲を有する黒き鋏の砲口が、ルージュの方を向く。

 そのあまりに強大な超力の圧は、ルージュの心を完全にへし折った。


 もはやこれまで、この状態、この距離ではあの攻撃は回避できない。


「でもこれで終いにしましょう!」


 キャンサーから劇的なるほどの超力が爆裂する。破壊神のようにキャンサーを中心に瓦礫達がことごとく散っていった。


 そしてそれが放たれ、ルージュは光に飲み込まれ、消失。


 ルージュは瞳を閉じてそれを受け入れる。


 ――するはずだった。


「何ぃぃぃぃ!」


 キャンサーの動揺した叫びが響く。光の柱は未だ放たれなかった。

 何が起こったのか。

 ルージュは想像の斜め上を行く新たな光景に、混乱する。


 この二転三転した戦いに、まだ波が残っていた。


 偶然に偶然、アクシデントにアクシデント。

 それらが重なり状況は破滅的。

 故に見落としてしまった最後の事案。


 キャンサーの体が背後から石化していく。足が、鋏が、本体が灰色に浸食されつつあった。


 ――そうか!


 ルージュはその現象の正体を見破る。

 あのルージュに放たれた必殺の一撃、石化泡攻撃がキャンサーを逆に襲ったのだ。


 何故か――答えは簡単である。

 ルージュを追いかけてきたのだ。


 本来あの石化させる泡達はルージュに向かって放たれていた。

 決して速くない、しかし異常な追尾機能でルージュを殺しにかかっていたのだ。

 しかし直前で時間停止の魔眼が発動する。


 そしてルージュは元いた位置からキャンサーの背後まで移動。

 あの泡達は忠実に己の機能を全うしようと、その軌道を一八〇度旋回させ、ルージュを追尾してくる。


 だがルージュの前にはキャンサーの体が存在していた。

 故にキャンサーが不幸にも、追尾する石化泡攻撃からルージュを守る壁になってしまったのだ。


 そんなことをルージュは全く考えていなかった。呪印銃のポンコツさで頭はいっぱいだった。


 キャンサーの方もそんなルージュを見て、石化泡攻撃を利用しているなんて考えないだろう。


 もし計算してこれを行っていたら、キャンサーほどの達人はルージュの様子で気付くはず。

 魔眼の進化による異常事態によってキャンサーもまた冷静のままではいられなかったのだ。


 偶然が重なって生まれた奇跡。


「何てことなのっ!!」


 キャンサーの体が石化の波に飲まれていく。

 あの空間を埋め尽くす大量の泡を、全てその身で受けているのだ。無理もない。

 鋏もすでに半分石化状態で機能していなかった。


 そしてルージュの体にも変化が訪れる。

 心臓から熱いマグマのようなエネルギーを感じた。塞き止められていた水が流れ出すように、超力が漲ってくる。


 今なら問題なく撃てる。

 呪印銃の標準をキャンサーの体の中心に合わせた。


「この、散れぇ!」


 ルージュは引き金を引いた。

 もはや空虚な音は鳴らない。


 全身の骨が痺れるほどの反動がルージュの手に伝わってくる。


 通常弾の十数倍、赤い超力の強化弾が放たれた。


 その真紅は闇を斬り裂き迷わず疾る。


「あぁぁぁぁぁ!」


 そして貫いた、キャンサーの身の中心を。熱で溶かされた穴は赤みを帯びていた。

 そしてそこに納められていた黒い種子、シードも真っ二つに破壊される。

 今度こそ完全に破壊した。


 キャンサーの石化が止まる。


 カタストルの影がミクロ単位の球状に分解され、魂が天に帰るように上昇していった。


            *


「はぁ、はぁ――」


 ルージュは肩で呼吸をしていた。

 弾数制限三発ピッタリ。呪印銃はヒートアップし過ぎて、その機能を失っている。

 土煙が舞う。

 その中に人の影があった。


「ふう……」


 キャンサーの人間態の姿である。

 その瞳は真っ直ぐルージュを見つめていた。


「負けちゃった」


 大げさに残念そうに肩を竦める。


「アンタ中々、いい女だったわよ。ちゃんルナの気持ちが少しだけわかっちゃったかも」


 キャンサーの顔に爽やかな笑みが浮かぶ。


「彼女、大切にしてあげなさいよ」


 言葉を残す。

 そして未練など微塵も感じさせない穏やかで満足げな表情となった。

 そしてキャンサーの人間態もまた影となって、消失していく。


 最後までキャンサーは紛れもなく強く気高い『女』だった。


 崩壊した無人発電所の敷地で、ルージュは脱力して足が崩れる。


 まだ勝利が信じられず体が震えるのだった。

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