第79話 刻に縛られた者/見捨てられた者㉒
もうここからはゼロ距離射撃で決めるしかない。
ルージュは疾風のごとく駆けた。
多少の被弾は覚悟するしかない。腕一本、足の一つや二つ、呪印銃を撃つためのパーツ以外ならくれてやる覚悟だった。
だが事はそんな簡単にはいかなかった。
キャンサーが不意に足を曲げたかと思ったら、後方に大きく跳躍してしまう。
読まれていたのか、あるいは傷を再生する時間が欲しかっただけなのかはわからない。
さらに空中で威嚇射撃代わりに、左の鋏から大口径超力砲を薙ぎ払いで発射してきた。
キャンサーにすれば基本攻撃による軽いジャブ、ただの威嚇射撃のつもりかもしれない。
だがルージュにとっては違う。
避けるのが極めて難しい広範囲攻撃なのだ。しかも前に出るルージュには都合悪くカウンターのごとき状態になってしまっている。
チャンスが一転してピンチに。
「魔眼解放――」
左眼が疼く。
「超感覚!」
世界が遅くなった。
その中でルージュの感覚だけが研ぎ澄まされている。
現在状況は最悪だ。
キャンサーの口を撃ち壊したことによって一時的に石化泡攻撃を弱体化させられた。
しかしキャンサーは後方にジャンプすることで口内を再生する時間を確保しようとしている。
しかもついでに引き際に放った極太の大口径砲が放たれていた。
このまま大口径砲を避けるのは不可能ではない。
しかしそうしたとしても、再生する時間を与えれば形成は完全に逆転される。
敵の石化泡攻撃と幻影高速移動はどうにもできなくなってしまうのだ。
――どうする!?
超感覚が切れるまで後わずか。
「!?」
そこでルージュはあることに気付く。
――そうか、これは今までにない最大級のチャンス。
焦っていて見落とした勝機が見えてきた。
瞬く間に全てのことを演算、脳内でシミュレーションする。
魔眼の効力が切れる。
時が戻った。
ルージュは走る勢いを利用して近くの瓦礫を踏み台に、背面跳びをする。それで迫り来るビームの上をいった。
そして跳躍中のキャンサーの先を予測して狙いを定める。
ルージュの目的はただ一つ。
所謂、着地狩り。
着地の瞬間、あるいは寸前。
このタイミングだけはあの幻影高速移動はできない。あれは蟹の持つ多脚の運動能力を限界まで利用して行われているはずだ。
空中ではできるわけがない。
ルージュは引き金に指をかける。
「当たれ、マグナム!」
そして引いた。
赤い弾丸が呪印銃から放たれる。
熱戦が夜を翔けて、キャンサーの着地点に向かって直進する。
正に超感覚で予測した通りのキャンサーの動き、そしてマグナム弾の軌道。
パズルのピースとピースが繋ぎ合うように、マグナムとキャンサーが衝突する。
寸分の一ミリの狂いもなく、ルージュの計算通りの事態が起こる。
何一つとしてミスはなかった。
途轍もない戦力格差の中、ルージュの覚悟が万に一つの勝機・奇跡を呼び寄せたのだ。
それは確かにキャンサーの体の中心のシードを貫く。
「あっ……」
ルージュの口からそんな声が漏れる。
そう、確かにキャンサーのシードを貫く――はずだった。
だが、だがしかし――
「さすがに――」
キャンサーの体に大きな穴が三つ空いていた。
「ちょっと地獄の入口に片足を踏み入れた気分よ」
キャンサーの勝ち誇った声。
絶望的な宣告がルージュの耳に入ってくる。
キャンサーは両の鋏で体の中心部をガードしていた。
その鋏がまさかのどんでん返しを見せてくれたのだ。
巨蟹の獰猛なる黒い棘のある装甲に包まれ、本体並に大きな鋏の二つを重ね、マグナムを防御。
その堅牢な鋏の堅さ・太さ・厚さが、わずかにマグナムの軌道を反らしてしまう。
軌道を反らされたマグナムは最終的にキャンサーの体の上部を貫いていったのだった。
「そんな……」
魂をかけた一撃だった。
針の穴のような、しかし小さくとも最大級のチャンスであったことは間違いない。
それを逃した。
太陽と蟻ほどの戦力差、それをひっくり返すたった一つのチャンスを逃してしまったのだ。
それが何を意味するか。
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