第72話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑮

「おいお嬢さん、起きろって!」


 体が揺すられていた。何かの声が聞こえてくる。

 視界が真っ黒だった。目を瞑っているのだ。


 ルナはゆっくりと瞼を開く。

 視界の中には月と星とゴートの顔があった。


「良かったぁ!」


 ゴートが我がことのように喜んでいた。


「ここは……」


 ルナはゆっくりと上半身を起こした。どうやらベンチに寝ていたようだ。

 周りを見ると住宅街の外れにいた。

 前には見慣れたアパートがあった。


 つまりルージュと住んでいるアパートの前のベンチに横たわっていたのだ。


 いつの間にか鉱山の外に出ていたらしい。


「あれ、確か鉱山内の崩落に巻き込まれたはずじゃ」

「あの人が助けてくれたんだ」


 ゴートがある一点を指さす。

 そこにはルナのよく知る人物がいた。

 病的に細くスキンヘッドで、顔の右半分が火傷で機能しない男。


「サイファーさん!」

「目が醒めたか」


 サイファーが無表情で立っていた。


「でも何で?」

「あの後よくよく考えたのだが、キミに死なれると私も困るのだよ」

「それはわかったけど、どうやって?」

「特別なことなどしていない。普通にキミ達を外に連れ出しただけだ」


 見ればサイファーの服には汚れ一つなかった。


 ――そう言えば相棒が前に「サイファーはニンジャの末裔よ、間違いないわ。いつか科学都市に拉致して売り払ってやる」とか言ってたけど……。


 それもあながち間違いではないのかもしれない。

 サイファーの奥底の見えない態度を見て、ルナはそんな風に思う。

 しかし今はそれよりも大切なことがあった。


「そうだシード!」

「それならば私が持っている」


 サイファーが右手に持った黒い種子を見せてきた。


「これで相棒は――」

「助かる。後は私がどうにかしよう」

「おっしゃ、頼むよサイファーさん!」


 ルナは機嫌が良くなってついサイファーに飛びついて、その背中をバシバシ叩いてしまう。

 サイファーは無言でそれを受けていた。


 そんなことをしていると、ルナ達に近づいてくる車椅子がやってきた。

 そこには一人のパジャマを着た少女が一生懸命に車椅子を漕いでいる。


 ――あれ?


 ルナにはその少女に見覚えがあった。


「サリー!」


 ゴートが車椅子の少女に駆け寄っていく。


「パパ!」


 サリーと呼ばれた車椅子の少女もゴートに向かっていった。


 ――そうか、あれはゴートの娘さんか。


 ルナに見覚えがあったのは、ゴートから家族の写真を見せられたからだ。

 だが写真よりは随分とやつれていた。肌は不健康に青白く、しかも右目には包帯を巻いている。


 サリーが泣きそうな表情で口を開く。


「遅いよ! どこ行ってたの?」

「スマンスマン、ちょっと仕事でな」


 ゴートが困ったような顔で言い訳をしていた。

 そしてゴートはサイファーの方を向く。


「そうだ、サイファーさんって言ったか、アンタ黒い太陽の一員なんだろ?」

「そうだ」

「頼む、俺が手に入れたシードを買い取ってくれ!」


 ゴートが持っていたシードを差し出して、必死に頭を下げる。

 サイファーは「ふむ」と言ってそれを受け取った。


「いいだろう。デバイスを出せ、キャッシュで払う」


 ゴートはデバイスを取り出す。

 サイファーもコートの内ポケットから同じ物を取り出した。

 お互いがそれを少し操作して、近づける。


「ありがてぇ! これでサリーの病気も……」


 ゴートは感極まった様子でデバイスの画面を覗いていた。

 ルナはそれを見て意外な気持ちになる。


「娘さんの話って本当だったんだな。ぶっちゃけ信じてなかったぜ」

「おいおいお嬢さん、ひでえじゃないか」

「それはそっちだろ。散々裏切られた後にあんなお涙ちょうだい話を信じろって言う方が無理あるってもんだ」

「まあ……それもそうだな」


 気まずそうにゴートはそう言った。


「でも、だったら何でシードを渡してくれたんだ?」

「さあ、何でだろうね」


 ルナはアパートの二階に視線を向けた。


「相棒の甘ちゃんなところが移っちまったのかもなぁ」


 ルージュはああだこうだと文句は言いながらも、何だかんだで助けられる者は助けていた。

 ルナはそんなルージュが愛おしかったのだ。


 ゴートはサリーの車椅子の持ち手を掴み、口を開いた。


「お嬢さん、世話になったな。この恩は忘れないぜ」

「だったらもうあんなことすんなよ」

「へへ肝に銘じておくよ」


 ゴートは鼻の下を指で擦りながらそう言った。


「父がお世話になりました」

「そんなことはない。私もそのパパに助けられたからな。サリーちゃん、元気になれよ」

「はい! ありがとうございます」


 サリーは深々とお辞儀をしてくる。

 そしてゴートは「あばよ」と車椅子を押して、都市の住宅街に消えていくのだった。


 サイファーがおもむろに口を開く。


「フッ、ルージュの甘ちゃんなところが移ったか。確かにあいつならシードをあの男に譲っていたかもな」

「やっぱりそう思う?」

「褒められるようなことではないが、それもまたルージュと言う女だ。人間味を捨てないのはノワールにとって悪いことでもないしな」


 サイファーはそう言ってアパートの方に足を一歩踏み出す。


「さて、行こうか」


          *


 ルナがサイファーと部屋に戻る。

 相変わらず死人のような顔でルージュがベッドに横たわっていた。出かける前と位置も姿勢も、何一つ変わっていない。


「相棒……」


 ルナはその姿を直視できなかった。


 サイファーが無表情でルージュに近付く。

 そして何の躊躇もなくライダースーツのチャックを全開まで下ろした。

 ルージュの胸の中心には青黒い痣のようなものが出来ていた。

 サイファーはシードをその痣の上に置く。


「!?」


 ルナは驚いて声をあげそうになってしまう。

 ルージュの胸の痣から、おもむろに小さい触手のようなものが生えてきた。植物の根っことでも言えばいいのか。


 その触手がサイファーの置いたシードに絡み付く。シードは沼に沈むようにゆっくりとルージュの胸の中に入っていった。


「…………あ」


 ルージュが目を醒ました。

 そう思うと急に起き上がり、ベッドに這い蹲る。


「ガハッ――」


 そして血を吐くのでは思ってしまうくらい激しく、何度も何度もせき込んだ。

 ベッドのシーツがルージュの唾液で濡れていく。


「醜く哀れ、実に無様だな」


 ルージュのそんな姿を見て、サイファーはそう口にした。


「サイファー、このハゲ――ガハッ!」


 ルージュはサイファーを恨みがましく睨み上げるが、せき込むのが収まっていなかった。


「ふん、小娘が。ルナ君に感謝するんだな。彼女がシードを取ってこなければ、お前は欠けた心臓を抱いて死んでいたところだったのだぞ」

「ルナ――ガハッ!」


 ルージュがまたせき込んでしまう。

 それを見下すように眺めると、サイファーは身を翻して出口に向けさせた。


「こうなれば問題はない。後は任せた」

「本当に大丈夫なのかよ? 相棒、めちゃくちゃ辛そうだけど」

「安心しろ。体の機能が急激に回復したから、ああなっているのだ。むしろ成功の証だよ。直に良くなる。後は頼んだ」


 サイファーはそう言ってドアの向こう側へ消えていってしまった。

 ルナは心配ですぐさまルージュに近付く。


「相棒、大丈夫か?」

「ええ、問題は――ガハッ! ……ないわ」


 それから少し時間が経つとルージュの咳きも収まっていくのだった。

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