第71話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑭

「何であんなことしちゃったかね……」


 ルナは呆れるような笑みを浮かべてしまう。

 馬鹿なことをした。自分でもわかっている。


 でもゴートと娘の写真を見たときに、どうしようもなく心が揺れた。

 ルナにはないものがゴートにはあった。


 ――私の人生はなんて軽いんだ。


 過去を積み上げて、人は生きている。

 それが善であれ悪であれ、プラスであれマイナスであれ、幸福であれ苦痛であれ、それらを積み重ねてそのとして生きているのだ。


 だがルナにはそれがない。


 わずか二週間程度の人生。得ている知識も所詮は元から刷り込まれたものに過ぎない。

 ルナと言う存在は、どんな人間よりも軽く薄っぺらいのだ。

 だからゴートの家族を見せられて、己の意志を曲げてしまったのかもしれない。


 そんなルナのその中に唯一あるのが――


「相棒……」


 ルージュだけなのである。


 ――今度こそちゃんとやらなきゃ。


 サイコダガーを鞘から取り出す。

 ルナは心を落ち着かせるために深呼吸をした。


 ――大丈夫、あいつらは本当に雑魚だった。それにさっきは出来たんだ。今度だってやれるさ。


 そう思ってやる気が出てきた――時だった。


 ゴゴゴゴゴ――いきなり地震を伴った地鳴りが鉱山内部で発生する。

 採掘場全体が揺れだした。

 しかも軽いものではない。天井の岩に亀裂が入るほどのレベルだった。パラパラと小さい石が天井から落ちてくる。


 ルナは近くの壁に寄り掛かった。そうでもしないと体のバランスを崩してしまうほどの揺れだったのだ。


「こんな時に……」


 おそらく先日のルージュ達がカタストルと激しい戦いをした影響だろう。

 地盤が不安定になってしまっているのだ。


「急がねえとな」


 ルナは走り出した。

 坑道を真っ直ぐに進んでいく。


 そして採掘場へ出た。

 ゴースト達がルナに気付いてうようよと動き出す。


「!?」


 ゴゴゴゴゴ――また揺れた。地面に刺さっていた岩が轟音を立てて倒れる。それが新たな揺れと土煙りを発生させた。


 ルナの中に焦りが生まれる。

 地盤が不安定なのは、昨日の戦闘が原因。つまり、今いる採掘場が一番危ないのだ。


 ――マジでさっさとしねえと。


 サイコダガーを逆手に持って、一番端にいるゴーストに切りかかった。

 まずは眼に刃を突き立てる。こうすればゴーストが行動不能になるのは先ほどの戦闘からも経験済みだ。


 そしてサイコダガーを一旦抜くと、今度はそれを頭の方に深く入れる。

 超力を込めダガーの切れ味を上げる。

 ゴーストの中身を抉じ開けて、その内部に手を突っ込んだ。


 基本的にゴーストの肉は柔らかかった。その中に丸くて固い感触を捜し当てる。

 それを掴んで抜き取った。


「やったぜ!」


 手には見事に黒い種子、シードが握られている。しわしわでドライフルーツを大きくしたような外観だった。


 ――よし、これで!


 それを持って立ち上がる。

 後はこれを持って鉱山を抜けるだけだ。


「!?」


 その時、ぬるりと背中に嫌な感触がした。半固形の液体を流し込まれたような感じだ。

 首を回して見るとゴーストが一体、ルナの背中にまとわりついていた。


「どうして……」


 ルナは周囲を見渡す。

 七体のゴーストがいた。


 最初は十体いて、ニ体を倒した。

 残りは本来八体のはずである。


 思い返せばここに二度目に来たときから一体足りなかった。

 おそらく見えない一体は、ルナの死角になるようなところにいたのだ。


 ゴーストの恐ろしさは強さではなくその神出鬼没性にある。


 ルージュに教えられていたし、バオム教の一件でルナ自身もよくわかっていたことなのに。


 油断、と言うよりは焦りか。

 こういう事態のために丁寧に数を数えていたと言うのに。


「くそっ!」


 背中にダガーを当てようとするが、うまく力を入れられない。

 心臓にドロリと油をかけられたような感触がした。

 ゴーストが心に入り込んできているのだ。


 ――強靱な精神を持ってすれば、取り込まれないって言うけどさ……。


 そもそもそんなことを思っている時点でアウトなのだろう。

 このままではカタストルになってしまう。


「そんな……」


 考える得る結末の中でも最悪の部類に入る。

 心が揺らぐと心臓の不快度が上がってくる。


 ゴン――不意に鈍い金属音がした。

 ルナの背中がスッと軽くなる。


 誰かがゴーストを背中から叩き落としてくれたのだ。

 ルナが振り返る。


「ゴートのおっさん!」


 そこには金属の棒を持ったゴートが息を切らせて立っていた。


「助かったぜ!」

「お互い様だ。それよりお嬢さん、さっさと逃げるぞ。ここはもうやばい」

「ああ、わかってる」


 再三の地鳴りがした。

 パキパキ――天井に大きな亀裂が入る。それがいくつも伝染して枝分かれしていった。

 欠けた岩の雨が降り始める。

 いつ崩落が起こってもおかしくはない。

 ルナは急いで出口の方に足を向けた。


「うぉ!」


 地面が激しく揺れる。その影響で視界に映る線が二重にも三重にもなった。

 走るどころか立っているので精一杯な程だ。思わず姿勢を低くして、地面に手を付いてしまう。

 同時に絶望的な状況がやってきた。


「あぁ……」


 天井を電のように走る亀裂が


 崩落が始まる。

 天井から岩がスコールのごとく次々に落ちてくる。怒号のような衝突音に、触れるもの全てが砕けていく。

 激変する景色に、茫然とするしかなかった。大自然の変化の前に、人間がいかに無力か嫌でも理解させられた。


 岩のシャワーが出口を塞ぎ、空間を圧迫していった。


「ごめん、相棒……」


 そう呟いたルナに影が重なってくる。

 巨大な岩が降り落ちるのだった。

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