第69話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑫

 太陽が消えて、夜の疑似的な月と星が空を支配する。

 草一つ生えていない赤茶色の大地を通り抜け、ここにいる。

 ルナはその空の下、この前の鉱山に来ていた。


『落盤の恐れあり 立ち入り禁止』

 と、黒い文字で書かれた黄色いテープの下を潜り抜ける。


 おそらくは前回ルージュとネーベルがカタストルと戦った影響だろう。

 あれは昨日の話だ。

 時間的に考えて、内部が修繕されているわけがないのだ。


 ルナは坑道へ入っていく。白い岩で満ちた景色に変わった。

 白気石の光のおかげで灯りいらずに済むのはありがたかった。さすがにそんな小道具を揃える余裕はなかったからだ。


 一本道をしばらく進んでいくと、男の背中が見えた。

 今のここに人がいるのは明らかにおかしい。

 ルナは警戒してサイコダガーを構える。


「アンタ、何者だ!?」

「ひぃっ!」


 男は悲鳴を上げて転びそうになった。


 ――カタストルじゃなさそうだな。


 男の情けない動作を見てそう直感した。


「お、お前こそ誰だよ?」


 男は転びそうになるのを堪えて、ルナの方を向く。

 男は小太りの中年と言った風貌だった。色の落ちた緑の作業着に、背中には何か大きい荷物を背負っている。


 怪しい奴ではなさそうだ。ルナは警戒心を解く。


「私はルナってんだ。お前さんは?」

「俺はゴートってんだ。お嬢さんはどうしてこんなところに?」


 ゴートの方もルナを見て警戒心を解いたらしい。安心したような表情だった。


「ちょっとゴーストを狩りに」

「お、もしかしてアンタもシード狙いかい?」

「おっさんもか?」

「ああもちろんだ」


 ゴートは大きく頷いた。


「シードは《黒い太陽》って組織が高く買ってくれるからな」


 黒い太陽と言えば、ルージュやサイファーの属する組織だ。いつもは組織の一言で済ませるのでつい正式名称を忘れそうになる。


「命の危険はあるが、一攫千金を狙うならそれしかない。んでゴーストはこの辺に出やすいって噂があったから来てみたんだよ」

「へえ高く売れるんだ」

「当たり前だろ! 一つ十万ドルだぞ」

「おぉ……そいつは確かに」


 一攫千金もあながち間違いとは言えないだろう。廃工都市なら大金持ちの部類だ。


「でもあいつら一応普通の武器は通るけど、効果が薄いんだよなぁ」

「おお、それならいい物もってるぜ」


 ルナがサイコダガーを取り出して見せる。


「こいつに超力を込めれば、ゴーストくらいは余裕だろ」

「超力って、ノワールなのかい?」

「いや、それの見習いみたいなもん」


 合っているような間違っているような、ルナ自身にもそれはわからなかった。

 ノワールほどではないが一応多少の超力が使えるのは事実だ。試したのはバオム教での一件だけだが。


「それならお嬢さん、協力しようぜ。俺はこの鉱山の地理なら詳しいし。奴らの居場所も見当は付いているんだ」

「そうだな。その方が効率もいいしな」


 一人でよく知らない場所をさまようよりはましだろう。ルナはそう考えた。


            *


 ゴートとしばらく坑道を歩いていた。

 そうしていると以前にルージュ達がミミズの固まりのカタストルと戦った場所に出た。


 広い空間に、地面には巨大な岩が何本も突き刺さっていた。採掘機械は壊れ、トロッコの線路もグチャグチャに。

 その上、一部は不思議と土が砂となって不自然なゾーンを形成している。


 完全に崩壊している採掘現場が目に入る。

 ルナは一応当事者なので少し申し訳ない気持ちで口を開いた。


「こりゃ酷い有様だね」

「どうやら昨日、ここでカタストルとノワールの戦闘があったらしい。その影響だな」


 その通りである。


「でもこういうところこそゴーストが出やすいんだ。閉鎖的でカタストルが住んでいたような場所は」

「なるほどね」


 ゴーストの生態なんて知らなかったので、ルナは素直に関心した。

 突如、視界にもやもやと影が動く。


「おい、あれ!」


 ゴートが指である地点を指す。


 そこにはゴーストがいた。

 全長は人の膝くらい、泥のような形状で、小さい手が生えている。それに何より特徴的なのは大きな単眼であった。


 間違いない、バオム教の時と同じ種類だ。


「おっしゃいくぜ!」


 ルナは気合いを入れてサイコダガーを鞘から抜く。

 そしてゴーストに飛びかかった。刃に超力を込める。

 まずは大きい瞳に一撃入れた。


「ヴぁぁぁ!」


 ゴーストが痛みで呻く。動きが停滞した。


「よっしゃ、これならマジで楽勝――」

「おい、お嬢さん周りを見ろ!」

「!?」


 ゴートに言われて周囲を見ると、ゴーストの集団に囲まれていた。黒い泥の塊が次々に影の中から這い出てくる。


「やばいじゃん、これ」


 ルナはゴースト達から下がって距離を取る。

 ゴートがルナを盾にするように隠れた。


「おいおいゴートさん、そんなじゃシードは手に入んないぞ」

「いやぁどうも俺、争いごとは苦手なのよね」

「あっそ」


 思えば最初もルナを使って敵の注意を自分に寄せないようにしていた。

 絶対に前にはいかない。危険は冒さない。


 ――戦力としては期待できないか。


 ルナはため息を吐く。

 しかしそもそも一人で来るつもりだったのだ。

 同じだと思えばいい。


 ――数は……十か。


 ルナは正確にゴーストの数を数えた。絶対に漏らしがないように、周囲を隅々まで観察する。


 ――よし、これで全部だな。こいつら全員を相手にするのは厳しいが、一体を集中的に狙えばいいさ。


 ルナは出口付近の一体にターゲットを絞る。

 それからシードを奪って、とっとと出口から逃げればいいのだ。


 幸いにもゴーストに知能らしきものは見られなかった。ただ集団で出てきただけに過ぎない。

 それで連携を取って四方から攻撃したり、こちらの逃げ道を塞いだりなんてことはしてこなかった。


「これならいける!」


 ルナはサイコダガーに超力を込める。

 それを一閃。

 出口に一番近いゴーストの眼を切り込んだ。


 ゴーストが痛みで悶える。


「悪いね」


 その隙に体内にサイコダガーを入れる。大きな果実を切るように、サイコダガーを頭から縦に入れ、ゴーストを切断していく。


 ――このままなら……。


 体の内部まで後少しのところだった。


「うわ!」


 急に横から衝撃が来る。不意のことで油断しており、バランスを崩した。

 それでルナは横に突き飛ばされてしまう。


「そいつは俺のもんだ!」


 見れば、ゴートはルナが解剖していたゴーストの体内に手を突っ込んでいた。

 そこから黒い種子のような物を取り出す。

 それがシードなのだろう。それを奪われたゴーストが蒸発していった。


「へへ、ラッキー」


 ゴートが出口へ走っていく。

 ルナはサイコダガーを鞘に納めて立ち上がった。


「待てコラー!」


 今度はゴーストではなくゴートを追いかけて行くのだった。

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