第68話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑪

 ルナはルージュを抱いてアパートに戻っていた。

 ベッドではルージュが横たわっている。


 あれから三時間ほど時間が過ぎたおかげで、さすがに傷は完全に治癒されていた。石化された痕もない。


 驚くべきことに、レザージャケットもライダースーツも生き物のように修復されていた。


 以前に、ノワールの身につけている呪印銃と衣類はシードが練り込まれているから超力を与えれば修復すると教えられたことはあった。


 けれど改めてそれを目の前にすると、不思議な気分である。何せ服が自ら繊維を生み出し勝手に元に戻っていくのだ。

 つまり少なくともルージュの体から超力は生み出されていると言うことでもある。


 死んではいない。

 しかし意識が戻る気配がまったくない。

 ルナがルージュの手に触れる。


「冷たい……どうして?」


 今までルージュの体に触れる機会は多かったが、こんなに体温が低かったことはない。

 何より、未だに呼吸が戻っていなかった。


 ――本当にどうしたらいいの?


 ルナが途方に暮れて泣きそうになっていると、アパートのドアがガチャリと開いた。

 そこからやってきたのはスキンヘッドの男、サイファーであった。


「サイファーさん!」


 ルナは天からの助けが来たような気分だった。通信で呼び出しておいたのだ。


「聞いてくれ、相棒が――」

「……見ればわかる」


 サイファーは無表情でスタスタとルージュに近寄っていった。

 そして胸の中心、心臓の部分に拳をスッと当てる。


「…………これは駄目だな」


 ぼそりとそう言った。


「どういうことだ? 相棒はまだ生きてるだろ?」

「辛うじて、な。だがその命の火が消えるのも時間の問題だ」

「何でだよ!?」


 ルナはパニックになりヒステリックに叫んでしまう。

 そんなルナの様子に動じることもなくサイファーは淡々と説明を始める。


「ノワールもカタストルも、シードが破壊されれば死ぬ。そしてシードに傷が付けば普通の外傷や毒と違ってそう簡単には再生されない」


 ノワールにとってシードは特別な存在なのだろう。


「シードも少し壊れたところで自己修復は可能ではある。しかし今のルージュのシードの状態はその範囲を逸脱している」

「そんな……」

「おそらくコイツのシード、四割りは削り取られているだろう。自己再生は不可能だ。あと一日もしない内に死ぬ」


 絶望的な宣告だった。肌からスーッと体温が抜けていく。

 現実味がなかった。

 ルナはまるで宙に浮くような感覚だった。


「ど、どうしたら――」

「諦めろ。それに今回はルージュの独断専行による失態だ。キミが気にするようなことではない」


 サイファーの言葉は冷め切っていた。

 それを聞いてルナの中で怒りが沸き上がる。


「ふざけんな! アンタ、ルージュと長い付き合いじゃないのかよ!」

「確かにコイツは長生きしたほうだよ。しかしルナ君、本来ノワールなんてのは四五年生きていればいい方なのだ」


 サイファーは特に感情を出すこともなく事務的に言葉を続けた。


「それがカタストルと戦うと言うことだ。常に生死を賭けた命のやりとり。そしてルージュはそれに負けた。それだけの話だ」


 サイファーは、話は終わりだ、とばかりにルージュに背を向ける。

 ルナはそれが許せなかった。


「アンタは本当にそれでいいの!?」

「私はそもそも増援が来るまで動くなと命令したはず。それを無視したのはルージュだ。同情の余地はない」


 サイファーは出口に足を向けた。


「キミの新たな護衛については追って連絡する。今は取り敢えずここに身を潜めておいてくれ」

「待てよ!」


 ルナはドアに先回りをする。

 サイコダガーを取り出して、その刃をサイファーに向けた。


「このまま帰らせると思ってんのか?」

「……要求は何だね?」

「相棒を治す方法だよ」

「なくはない。しかし非常に危険と言わざるを得ない」

「そんなの関係ないね」

「ほう、ならばあるのか?」

「?」


 サイファーの眼が見開き蛇のように光る。


「お前に命を賭ける覚悟があるのかと聞いている」


 静かな言葉だった。しかし空気が変わる。


 ――恐い。


 ルナは恐怖で叫び出すのを抑えるので精一杯だった。

 サイファーの放ったものは殺気だった。


 ノワールやカプリコルヌともまた違う。

 地獄の中にいるようなどこまでも暗黒のプレッシャー。

 蛇に睨まれるとはまさにこのことである。


 息が苦しい。

 ルナは震える足で立つことすら困難だった。

 脂汗が体中から排出される。


 それでも――


「わ、私はルージュを助ける。絶対に命に代えても!」


 それでもルージュのために退くわけにはいかなかった。


 ルージュは常に死地の中にいた。

 自分だけ、そこに行かないなんて都合が良すぎる話だ。

 これではいつまで経っても相棒の横には並べないのだ。


「一つ、質問をしてもいいか?」

「何さ」

「何故、命まで懸ける?」

「相棒を助ける。今の私にそれ以上の理由はないんだ。あの研究所から出て、私の中にはルージュより大きい存在はない。自分の命より大きいと思ってる」

「……ならば、いいだろう」


 その時、サイファーが少し笑ったような気がした。しかしその表情は相変わらず読めない。


「欠けたシードを戻すには、別のシードが必要だ」

「どうやって手に入れる?」

「ゴーストだ。我々がシードを手に入れる時にはゴーストの肉を引き裂いてその中から奪っている」


 ゴースト、バオム教の教会で見たことはあった。ルージュの話ではそこまで強くはないと言っていたが。


「ストックはないのかよ?」

「ない。あれは貴重品だ。そう簡単に持ち歩くものではない。それこそ組織の本部でもなければ予備などありはしない」


 サイファーはさらに言葉を紡ぐ。


「もうすぐ日が落ちる。その気があるのなら、前に行った鉱山へ向かえ。運が良ければゴーストに会えるかもしれない」

「……手に入れたら相棒を治してくれるんだな?」

「夜明けまでに手に入れられれば保証しよう」

「わかった」


 ルナはサイコダガーを鞘に納める。

 それを持ってドアを出て行った。

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