第67話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑩

「立ったまま気を失うなんて。すごい根性ね」


 目の前には瞳の光彩を失ったノワールの姿があった。銃を握ったまま、ピクリともしなかった。

 キャンサーは驚くような呆れるようなそんな気分だった。


「こっちも何か歯車が一つ狂えば死んでたかも」


 ギリギリの勝負だった。


 残像を残す高速移動も、足にかかる負担が激しくそんなに回数を出来るものではない。それが治癒されるまでの時間は動けなくなる。

 それが命取りにもなるのだ。故に多用できるものではなく、要所要所使いどころを見極めなければならないのだ。


「大したお嬢さんね」


 今まで何人ものノワールを葬ってきた。

 二人チーム、四人チームの編成も珍しくはない。

 だがしかしここまでキャンサーを追いつめたのは目の前にいる少女が初めてだったと間違いなく言えた。


 ――貴方のその根性に敬意を表して死体すら残さないほどの一撃で葬ってあげる。


 ノワールの意識が失われたのはシードが欠けたからだろう。

 それだけでもほぼ死んでいるのと大差ない。

 しかしここまでやったのだ、勇敢な戦士として最後に死なせてやろう、そうキャンサーは考えたのだ。


 左鋏に超力をため込む。重厚な紫色の光が圧縮されていく。

 受ければ塵芥も残さない一撃。


「アデュー、狂犬ガール」


 それを解放しようとする――その時だった。


「相棒!」


 叫び声が聞こえてきた。

 ルナが青ざめた顔でルージュを後ろから見ていた。


「あら、捜し物からやってきてくれるなんて」


 さっさとノワールを殺して、クラウィスを回収。

 そうすれば仕事は終わりだ。


 ――何もしていないのに、こんなに早くことが進むなんてラッキー。


 これもキャンサーの高い女子力が呼び寄せた幸運である。

 そう思ってノワールを消そうとビームを放つ。


「!?」


 刹那、場面が一瞬で切り替わる。

 世界の法則を無視した現象を垣間見た。


 いつの間にかルナがノワールの前に立っていたのだ。


 ――嘘でしょ、あんなに遠くにいたはずなのに!?


 ルナが叫んだのは最低でも百メートル以上は離れた地点だった。

 人間がその距離を一瞬で移動するなんて、物理的にあり得ない。


 ――ワープ能力か、いやそんなことよりも!


 このままではクラウィスを巻き込んでしまう。

 最悪の事態だ。これでは全てが水泡に帰す。その責任が自分になるなど、キャンサーのプライドが耐えられない。


 キャンサーは強引に体を捻り、右の鋏で左鋏を打つ。

 強引に軌道を変えたビームは明後日の方向へ飛んでいった。

 何とか当てずに済む。


 するとルナが手に持った何かを投げた。

 そこから白い煙が爆発し、煙幕が張られる。


 視界は真っ白になった。重く白い蒸気が戦場に広がっていく。


「……やられた」


 キャンサーは人間態に戻ってため息を吐く。


 白気石の手榴弾。

 これで煙幕を張られては、超力の探知など絶対に不可能。加えてこの煙の量では二人を探すのは難しいだろう。


 下手にカタストル状態で、ビームなどの風圧で煙をなくそうとすればルナの身に危険が降りかかってしまうかもしれない。


 時間が経過して蒸気が晴れて見れば、ルナの姿もノワールの姿も消えていた。

 大方どこかに逃げたのだろう。


「ちょっと面倒ね。まあでもあれが本物のラブよね」


 キャンサーはつい微笑みが出てしまう。

 やはり敵味方問わず、女が愛する者を命がけで守る行為は実に美しい。

 キャンサーの中で、ルナの持つ潜在的女子力に対する評価が上がる。


 ――ま、別にいいわ。元々、まだ動くつもりは全然なかったし。クラウィスの顔がわかっただけでも大収穫ね。


 キャンサーはデバイスを取り出す。そして仲間にルナの外見データを送った。

 このドーム都市の外、現在列車に乗っている彼らにはすぐには届かない。おそらくは時間差で、都市に着いたら受け取れるだろう。

 これで仕事もやりやすくなる。


 後は他の六魔将が列車でこの都市に着いてから本格的に動き出せばいい。そもそもそれまでは休暇のつもりで羽を伸ばすはずだったのだ。


 ――それにしても、あの力……。


 ルナの見せたまるで瞬間移動、ワープのような異能。

 おそらく意識的にやった行為ではないだろう。


 自由に使えるならば、白気石の手榴弾など必要ない。それに相方を見て悲痛の叫びをあげることもなかったはずだ。


 ――クラウィス、千年に一人の天才と唱われたワタナベ博士の残した遺産。まだまだ謎が多いわね。


 キャンサーは腕を上げてストレッチをする。


「ふう」


 人が集まる前にここを離れなければ。

 一息付くと、街へ午後のティータイムを楽しみに街に戻るのだった。


            *


 ――行ったか?


 ルナは崩れた無人発電所の影から、キャンサーの動向を覗く。

 どうやら完全に街に戻っていったらしい。


「はぁ~」


 ようやっと肩の荷が一つ降りた。

 ルナは大きく息を吐いた。


「相棒……」


 傍らにいるルージュの姿を見る。

 一応傷は再生しつつあった。


 えぐり取られた左半身も、石化も少しずつ再生している。

 しかしそこに強い違和感があった。


 ――何でこんなに再生が遅いんだ?


 ノワールの再生の瞬間は見てきた。

 しかしこのレベルで遅いのは初めてだ。


 それにルージュの顔もやけに青白い。

 何より呼吸をしていなかった。


「どうなっちまうんだよ、これ……」


 ルナは泣きそうになりながら、そう呟くのだった。

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