第66話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑨

「魔眼解放――」


 ルージュの左目が激痛と共に疼く。


「超感覚!」


 三度、世界がスローモーションになった。


 その中であの空間を暴君のごとく統べる泡を、どうにか掻い潜る方法を模索する。

 いくら多量の泡とは言え、それらは全て繋がっているわけではない。ならば、抜け道は必ずどこかにあるはずだ。


「?」


 しかしルージュの中に違和感が芽生える。

 泡の軌道がおかしい。最初に見た場面から予測される位置関係にないのだ。


 スローモーションの中で、泡の細かな動きを見極める。


 ――嘘でしょ……。


 郡は無差別に動いているようで、そうではない。

 地味に軌道を変えている。ルージュを追って。

 ようは追尾機能があったのだ。


 ――そんな、これじゃ……。


 ルージュの中に絶望感が湧き上がってくる。

 これでは抜け道など見つけられない。あってもすぐに塞がれてしまうのだ。


 そしてこれが刻魔眼の限界でもあった。

 何故、刻魔眼が弱いと言われているか。


 あくまで感覚機能に拡張に過ぎないからである。

 決して超常の世界の域にまで達することはできない。

 物理的に、タイミング的に避けられない攻撃は絶対に避けられないのだ。


 トルエノの雷魔眼であれば電磁の壁でも作って防げただろう。ネーベルの水魔眼ならば泡ごと己の力として取り込めるだろう。


 だが刻魔眼にはそんな便利な能力はない。

 ただ感覚が良くなるだけ。


 それを使ってカウンターショットを撃つのにだって、ルージュは相当の鍛錬を積んだ。それでようやく下の下。勝負の土俵に上がれるだけでもまし、そう言う次元の話なのだ。


 これが最弱の部類に入る魔眼を持ったノワールの限界である。


 超感覚の効力が切れる。


「クッ!」


 ルージュは地面を蹴って、無人発電所の瓦礫に身を隠そうとする。

 その寸前で泡が一つ、ルージュの右足に当たってしまった。


「!?」


 その足が石化する。

 突然、右足が機能しなくなった。急激な変化に当然バランスが崩れ、ルージュは前のめりに転んでしまう。


 泡の群が物理的に不自然な軌道をして、ルージュを追尾してくる。

 その大半は瓦礫の山に当たって弾け、それが石化していった。


 しかし中にはルージュに届くものもあった。

 何かを犠牲にせねば、凌げない。


 迷いなくルージュは左腕を犠牲にしてそれらを受ける。石化したその腕で懸命に泡を弾いた。

 結局、足掻いた末に両足と左半身が石となってしまった。脳を持った頭部と、呪印銃を持つ利き腕だけは死守する。


 もはや動けるものではない。


 ノワールの自動治癒はされている。しかしスピードは遅かった。おそらく石化からの回復には十秒はいる。

 命を奪い合うこの状況下ではあまりに長かった。


「楽しかったわよ、アンタの顔は覚えておいてあげる」


 キャンサーの左鋏に紫色の光が貯まっていく。大口径の超力圧縮砲が準備される。

 その砲口の向き、今度は薙ぎ払いではない。

 直接ルージュを狙っていた。


 ――せめて差し違えてでも!


 ルージュの意地が闘争本能を動かす。

 キャンサーの圧倒的なパワーが殺しにかかってきた。


 ルージュが呪印銃を上げて引き金を引いた。

 赤く強烈な熱線が弾丸として射出される。


 キャンサーの鋏が輝き、大口径超力砲も発射された。

 圧だけで瓦礫を吹き飛ばす光の柱が宙を駆け抜ける。


 赤と紫の閃光がすれ違う。


 轟音が響く。コンクリートの粉塵が舞い上がり土煙りを形成した。

 視界が灰色で塞がれる。

 攻撃の余波で、無人発電所がさらなる崩壊を起こした。


 ゆっくりと煙が晴れていく。


「ガハッ……」


 ルージュの左上半身がほぼ丸ごと削らた。

 肩から月のような大きな穴が空けられる。半身をなくした歪な肉体が残る。


 キャンサーの右方の体にも抉られた痕が刻まれる。

 マグマの通ったかのように、熱の赤さが残っていた。しかし影響は大きかったようで、足を痙攣させながら何とか立っていた。


 結果的に言えば、どちらの攻撃も外れた。


 ルージュは、右腕以外のほぼ全身が石化されていると言う特異な状況で、まともな姿勢ではない。それにプラスして狙いを定める時間的精神的余裕もなかった。

 それがマグナム弾の軌跡をズラしてしまう。

 キャンサーの体の中心を穿つことは叶わず、左に逸れてしまった。


 一方のキャンサーも大口径超力砲の発射がわずかに遅れてしまう。

 故にそれを先に受けてしまい、体制が崩れ標準がずれてしまっていた。。

 紫色のビームも、ルージュの半身を削り取るに終わったのだ。


 痛み分け。


 だがそこで人間に近い体のノワールと、化物と呼ばれるに相応しいカタストルとの間にある基本的なスペックの差が露骨に現れる。


 その身体の大きさを鑑みれば、キャンサーにはマグナムの傷などそこまでのものではない。内に持つ覇者の超力により、外傷は即座に再生されていく。

 ルージュの方は――


「あっ…………」


 意識が遠のいていく。

 やられた。

 心臓のシードが欠けてしまったのだ。


「こんな……ところで……」


 ――もう一度、引き金を――


 ルージュの意識が完全に事切れる。

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