第65話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑧

 装甲の薄い部分を狙うと言う選択事態は間違っていなかったかもしれない。

 しかしこれでは埒があかない。決定的な一撃にはなり得ないのだ。


「だったら……」


 ルージュは呪印銃のグリップの底を強くズラす。

 カチンと黒いマガジンが排出された。

 ルージュは素早くそれをレザージャケットの内ポケットに入れて、さらに別の赤いマガジンを取り出す。


 強化弾マグナム


 通常弾の十数倍の威力を持つこれであれば、あの堅牢な殻も破れるはず。

 ただし三発の弾数制限が架せられる。しかしそれを気にしていては勝機はない。

 そのリスクを背負って赤いマガジンを呪印銃に差し込んだ。


 その合間にキャンサーは再び右鋏に超力を圧縮させた光の刀剣を展開させていた。さっきのものよりさらに一段、太くされている。

 それを斜めに一閃。瓦礫を熱で溶解させながら、刃は破滅を振りまいてくる。


「魔眼解放――」


 ルージュの眼が疼く。


「超感覚!」


 世界が遅くなる。


 ――クソっ……眼が……。


 立て続けに魔眼を使ったせいで、左眼球に激痛が走った。

 連続して使うとこのようなことがある。

 そして限界まで酷使すれば、一定時間魔眼の発動ができなくなってしまう。


 キャンサーは嵐のような大胆さと豪快さ、当たれば即死確定の悪魔的攻撃を絶え間なく繰り出してくる。


 本音を言えばここまで魔眼を使うなんて計算外である。

 だが敵の一つ一つの攻撃がダイナミックで素早く、広範囲にして超高火力なためにいちいち魔眼を使わないと避けられない。


 普段ならば戦っている内に敵の攻撃に慣れ、魔眼を使うまでもなく避けることもできる。 だが今回は慣れる余裕も与えてくれない相手なのだ。


 それでも手を尽くして戦うしかない。

 ルージュは敵の攻撃を予測する。その上で体の中心にカウンターショットを決めなければならなかった。


 スローの世界が終わる。


 ルージュは左方に足から即座に地面を滑った。

 キャンサーの破滅の刀剣を、下から鼻の皮一枚ですり抜ける。刀剣は空振りしてもなお地面を砕き、瓦礫を散らせていった。

 ルージュは転がりながら標準をキャンサーに合わせる。


 ――今だ!


 ルージュが膝を地面に固定して引き金を引いた。

 赤い熱線が疾る。


「!?」


 その瞬間、異様な光景が目に入った。


 幻影。


 超高速移動から生まれた――幻影のごとき残像。


 キャンサーの本体の位置が横にズレていた。

 超高速移動から波状する風圧が、ワンテンポ遅れてルージュの髪の毛をかき乱す。それは瓦礫の山をも吹き飛ばしていった。


 当然にマグナムは外れる。かろうじてキャンサーの左鋏に当たったくらいだ。


 辛うじて充てた銃撃は、獰猛な鋏を貫通して大きな風穴を開けられた。

 しかし肉泡が「ボコッ」と鋏の穴を埋める。それもすぐに再生されてしまうのだった。


 キャンサーの避け方は異常だった。


 普通、銃弾を避けると言うのは予め動いて相手の狙いから外れることで成立する。あるいは壁などを使って相手の視界を妨げて命中率を下げるのも有効だろう。

 しかしキャンサーの今回の回避行動は掟破りとしか言いようのないものだった。


 ――コイツ、弾が撃たれてから避けたわけ!?


 撃たれた弾丸を目視して回避行動に入り、やり過ごす。

 ある意味で無駄一つない理想の回避方法。

 神業――これを神業と言わず、何を神業と言えばいいのだろうか。


 戦闘の常識を真正面から正々堂々とぶち壊した。あり得ない。

 だが現実で起こってしまっている。

 キャンサーは距離を取るルージュをあざ笑うように声を出した。


「こんな相手どうやって戦えばいいのか、そんな顔をしているわよ」

「…………黙れ!」


 焦りを完全に見透かされていた。


「でもあたしの鋏に一度でも穴を空けたことだけは褒めてあげる。その辺の雑魚ノワールとは違うわね」


 キャンサーの超力の圧がさらに一段上がる。

 殺気が空気を通して迸ってくる。

 何の物理的影響を受けていないはずの発電所のガラスが、一斉に割れだした。


「だからちょっとだけ本気を出してあげる」


 まだ何かあるというのか。


「くっ……」


 ルージュは走って、身を隠す場所を探す。

 まずは体制を立て直さなければ。特に心理的な動揺を抑える時間は欲しかった。


 巨大な影が揺れる。

 キャンサーがそのままの体制で後ろに跳んだ。その質量が飛ぶだけで、砂塵が吹き荒れる。


 巨蟹が宙に浮かぶ。


 その顔面に座す凶器を蓄えた顎が開く。

 口内から前方に向かって、大量の泡を吐いてきた。

 視界の前面ほぼ全てが虹色の球体で埋め尽くされる。

 その泡の大群がルージュに向かってきた。


 決してそれらは速いわけではない。

 しかし量があまりにも異常だ。狂った大津波のごとく、空間ごと飲み込もうとしている勢いであった。

 まともに避けるのは難しい。

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