第62話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑤

「過去の女……ね」


 ルナの前でCがティーカップを片手にしみじみとそう言った。


「うん」


 ルナもしょぼくれた顔でそう返す。

 日光を遮るしましま模様のパラソルに、木製のテーブル。その上には空になった皿が置かれ、紅茶の入ったカップがあった。


 現在二人はカフェテラスにいた。外の空気を吸いながら昼食を食べたのだ。


 Cの紹介してくれた店はお洒落で、味も良かった。今度ルージュと来ようとルナは心に決めるほどである。


「辛いわよね。わかる~」


 Cはそう言って両方の手のひらを頬に当てる。

 女子力の高いポーズである。


「過去は消せないし、過去があるから今のあの人がいる。それを頭で理解していても心が苦しいのよね」

「……まあそんな感じかね。時々、何を考えているのかなって思うことがよくあって。やっぱり私は相方のこと何もわかってないのかなって考えちゃんだよね」

「それで不安になっちゃうのよね。あたしわかる~」


 Cは噛みしめるように頷いた。

 しかしそこまでルナの心情を理解するとは。やはり心は女だと言うことなのか。

 Cがルナの瞳を見て口を開く。


「受け入れればいいって言葉で言っちゃえば簡単なのよね。でも実際そんなに簡単には割り切れない」

「うんうん」

「だから一番いいのは相手をメロメロの虜にしちゃえばいいのよ。例え過去に別の女がいたって『でもやっぱりお前が一番だよ』そんな言葉を貰えるほどに」

「おぉ、なるほど!」


 目から鱗の出る意見だった。


「じゃあ頑張って相棒好みの女になるか!」

「そうよ、その調子。頑張れ、恋する女の子♡」

「まずエッチはもっとSにならないとな。鞭とか蝋燭とか使えばいいのか?」

「……アンタの恋人、中々ディープね」


 ルナの発言を聞くと、Cは一段声を低くして驚いていた。


「ん?」


 そこでルナは視線が遠くの歩道に向かう。

 そこにいた女性に、注意が吸い寄せられた。


 漆黒の格好をしたその女性は、ルナのよく知る人物であった。

 ルージュである。


「あれ、噂をすれば――」

「えぇ、もしかして彼氏ぃ!? やだもうちょっと、もっとお化粧しっかりしとけばよかった~」

「お~い、相棒~」


 ルナがルージュに手を振る。

 Cもルナの視線の先を見た。


「あれ、アンタの恋人って女の子なの?」

「そうだよ、言ってなかった?」

「知らなかったわよ。ずっとメンズの話だと思ってたもの。しかし女の子好きとは……もしかしてアンタ、あたしのことも狙ってたわけ? 残念だけど、あたしそう言う趣味はないから。ごめんなさいね」

「安心しろ、お前さんは私の中では間違いなく男のカテゴリーに入ってるから」


 ルナは苦笑いでCの謝罪をスルーする。

 ルージュは不機嫌そうな雰囲気でこちらに近づいてきている。


「相棒、一緒に飯でも――」

「ルナ、今すぐそいつから離れなさい!」


 ルージュは怒号を飛ばし、まさかの呪印銃を取り出して、こちらに向けてきた。

 ルナは予想外の事態に動揺せざるを得ない。


「いや待て、相棒。落ち着けって! 浮気とかじゃないよ」

「はぁ? 何言ってるの。アンタの隣にいるのはね――」


 呪印銃から紫色の熱線が放たれる。

 それはルナの前に座っていたCに向かっていく。


「ワーオ!」


 しかしCは首をぐらりと傾けて、それをやり過ごす。

 Cの顔には奇妙な余裕があった。あまつさえ笑顔すら浮かべている。


 ルージュがまた叫び出す。


「そいつは《魅惑ノ巨蟹》、キャンサー。六魔将の一人よ!」

「嘘……だろ……」


 ルナは戦慄した心で、Cの方を見る。


「あらぁ、ノワールだったの」


 Cは楽しそうに席を立ち上がる。


「でもこんなところで銃を振り回すなんて無粋だわ」


 そして諭すようにルージュにそう言った。

 とてもではないが、銃を向けられている人間の言う台詞ではない。


 捕食者特有のオーラがあった。


「取り敢えず、女子力はあたしの方が圧倒的に上みたいね」


 Cは投げキッスをしてそう言った。

 その時、こいつはカタストルだとルナの中で確信が生まれたのだった。

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