第61話 刻に縛られた者/見捨てられた者④

 ルージュはベイカーアパートへ歩いていく。


 住宅街に入ったせいか、表通りよりも人は大分少なくなっていた。

 一軒家も多い。高級住宅街でもあるのだ。


 そこからマンションやアパートが集まる区画へ足を踏み入れる。

 セピア色に染まったレンガの建物がところ狭しと建っていた。


 建物の陰が疑似太陽の光を遮るので、ただでさえセピア色の景色に暗い雰囲気が足されてしまう。

 それらの建物の中から、デバイスのマップ機能でベイカーアパートを割り出す。



 十分ほど歩き、それの前にルージュは立った。

 四階建てくらいのアパートに見える。


 例によってレンガの壁に、エントランス用のガラス張りのドアがあった。

 ルージュはそのドアを開ける。


 シンプルな外観とは逆に、中は洒落たものだった。

 四角い螺旋階段に、四方の一つ一つに部屋がある。内側の壁は赤茶色で、階段の手すりやドアの外枠など木製部分にはバラの装飾がなされていた。


 四階より上の天井にはシャンデリアが飾られている。

 それなりの物件なだけはあって、高級感があった。

 こんなところに化物が住み着いているなんて住民は夢にも思わないだろう。


 ルージュはその四角い螺旋階段を昇り出す。

 そして三階まで行って、その二号室の前で足を止めた。


 ――そう言えば鍵を開けられるように頼むの忘れてたわね。


 やはりプロの諜報員とはこう言った詰めの甘さで差がでる。所詮ルージュは戦闘専門なのだ。


 仕方ないと思いつつドアノブに手をかけてみる。

 カチャリ――とドアのロックが解除される音がした。

 ロックは普通、生体認証でしか開かないので、誰かが解除できるように設定してくれたのだ。


 おそらくはあの不動産屋にいた老人が気を利かせてくれたと推測できる。ノワールにも精通していた気配はあったので、長いキャリアからこう言った状況にも対応してくれたのだろう。


 かつてはカタストルの温床にもなっていた都市。あの老人にはその頃からずっとやってきた経験とそこから生まれる直感が、こう言う細かい部分もサポートする手際の良さを生んだのだ。


 ルージュはそれに感謝して、部屋へ進入する。

 念のため呪印銃をホルスターから抜いて構えながら歩いていく。


 だが結果として中に人がいることはなかった。


「……うげぇ」


 その代わりに見たものは色とりどりの香水や半裸の男のポスターなどが充満するピンク色の部屋であった。

 ベッドにはハート型のシーツが使われている。


 とにかく部屋はピンク・ピンク・ピンクといった感じである。


「ラブホじゃないんだから……」


 いかにも女子と言った感じの部屋だった。

 ここにあの男が住んでいるとなると、吐き気がしてくる。


 ――何となく写真からオネエっぽいとは思っていたけど。本物とはね。


 嫌な予感が当たってしまったものである。

 部屋を一通り見て回った。


 怪しいものは当然に見つからない(猫のグッズに心を奪われそうになったくらいである)。

 本人も不在であり、どうしようかとルージュは迷った。


 ――一旦食事でも取って、体制を整えてから出直しますか。


 このまま待ち伏せをしてもいいが、どうせ居場所もわかったのであれば、何かしら先制攻撃をできるように状況を作りたい。


 例えばこの都市に溢れる蒸気の力を借りて超力を隠し、変装でもすれば可能だろう。


 できればレザージャケットもライダースーツもミリタリーブーツも便利なので、上から全身を隠せるようなコートを購入したい。


 何にしても居場所がわかった以上、打てる手はいくつかある。それを食事でもしながら考えればいい。


 ルージュは呪印銃をホルスターに納め、部屋を出た。

 四角い螺旋階段を降りて、マンションの外へ行く。


 外へ出るとデバイスを取り出し、都市のマップを見る。

 繁華街に飲食店が集まるゾーンがあった。


 ルージュはそのまま歩道を歩き出す。

 噴水のあった公園広場の石畳を抜けて、繁華街へ出る。

 洒落たカフェなどが多く目に入った。


 さすが富裕層の住む区域と言ったところか。

 正直ルージュとしては居心地のいいものではない。廃工都市のような場所を多く歩いてきた彼女には、ここは場違いな気がしてしまうのだ。


 ――パンでも買って、キャンサーの自宅を監視できる場所で食べるか。


 そう思って、店を探そうと視線をちらばせる。


「ん、あれ?」


 銀髪の目立ったサイドテールの女子がいた。

 そんな人間はルナしかいない。おそらく駅からの帰りに寄ったのだろう。

 どうやら誰かと食事をしているらしい。


 カフェの外に設置されたテーブル、所謂カフェテラスでお茶を楽しんでいた。

 そのもう片方の人間が、建物の壁が邪魔でよく見えない。


 ――誰かしら?


 ルナに知り合いなどいるはずがないのだが。


 ――もしかしてサイファー? だとしたら若い女の子とのツーショット写真でも撮って嫌がらせのための準備をしなくては。見てなさいよ、あのハゲ。


 ルージュの口から「クックック」と黒い笑みが浮かぶ。


 サイファーのスキャンダル写真、是が非でも手に入れたい物である。組織の本部に着いたらポスターにしてあちこちに貼ってやる。

 そう思ってルージュは影からこっそりと、ルナのテーブルをのぞき込む。


「!?」


 ルージュは思わぬ光景に体が固まる。

 しかし次の瞬間、すでに本能が行動を起こしていた。

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