第63話 刻に縛られた者/見捨てられた者⑥

 ルージュは銃口をキャンサーに向けながら近づいていく。


「ルナから離れなさい、このオカマ野郎!」

「恋人を助けたいって時に、相手を逆上させるようなことを言うなんて良くないわよ。例えばデート中、ヤンキーに喧嘩を売られたからってそれを買ったら女の子は興ざめよ。今ので女子力ポイント20はマイナスってところかしら」

「黙りなさい!」


 キャンサーはカフェテラスからジャンプして降りる。


「あたし、ここ気に入ってるのよね。場所を変えないかしら? アンタだって一般市民を巻き込みたくはないでしょう?」

「そんな戯れ言、聞くとでも思って?」


 口ではそう言いながらも、ルージュも実際には判断に悩んでいた。

 ここで無闇に撃てば、一般市民に被害が出てしまうかもしれない。

 組織の一員としても出来うる限り、それは避けたかった。


 本来であれば諜報員がうまく事前に立ち回ってくれる。住民のさり気無い避難勧告、誘導はもちろん、そもそも被害が出難いフィールドまで誘き寄せたりもする。


 だが今回はルージュの独断なのでそんな準備がされているわけがない。


 それを見通してかキャンサーは「ウフッ」と笑う。


「あたしと戦いたければ発電所まで来なさい、狂犬ガール」


 挑発するようにそう言って超人的なジャンプで、カフェの屋根に上がる。

 そしてルージュを見下し微笑むと、また跳躍して消えていった。


「クソッ!」


 ルージュは銃を下げてルナの元に駆け寄る。


「大丈夫、ルナ!?」

「お、おう」

「あいつに何もされてない?」

「うん、いい奴だったよ。相談にも乗ってくれたし」

「相談? 何の?」

「…………まあいろいろ」


 ルナは口をもごもごさせて、具体的なことは言わなかった。

 ルージュも詳しく聞いている場合でもないので、ルナに指示を出そうと口を開く。


「まあいいわ。とにかくアンタはアパートに戻っていなさい」

「おい、まさか追いかけるのかよ!?」

「当たり前でしょ」


 それを聞いてルナは困惑した表情を浮かべた。


「サイファーさんに言われたじゃねえか。増援が来るまで動くなって」

「そんなの関係ないわ。カタストルを放っておくわけにはいかないの」

「相棒、頼むよ。キャンサーだってあんまりやる気ないみたいだし、ここはやめようよ!」

「ルナ――」


 ルージュは己の覚悟を話す。


「私は戦うためにノワールになったの。戦わない私に価値はないわ」

「そんな……行かないでよ……」

「……行かない理由がない。アンタはさっさと帰ってなさい。ここからは一人で行くから」


 ルージュはそう言って呪印銃を持ったまま駆けだした。

 一瞬、チラリと振り返る。

 ルナが泣きそうな瞳でこちらを見ていた。


 だが追いかけてくる気配ではない。それに彼女の足ではノワールとカタストルの運動性能には追いつけないだろう。


 ならば問題はない。

 目的地は発電所。

 ルージュは走った。


 けれど少しだけ心が痛む。


                *

 

 白気石の白い蒸気が最も濃い場所。


 通称無人発電所


 セピア色の壁にドームのような屋根を持つ建物がいくつも立ち並んでいた。

 あらゆる部分にパイプが通っている。まるで木の根っこだ。


 ここでは白気石の発熱能力を生かして発電を行っている。石油石炭メタンガスウラン、古今東西様々な原料によって発電はなされてきたが白気石に勝る物質は今のところないだろう。


 ルージュはその無人発電所が集まる区域を慎重に歩いていた。

 時折白い蒸気が噴出してきて、視界を駄目にしてくる。


 そして探索をしていると、発電所と発電所の間にある広い空間にキャンサーは立っていた。


 小さい鏡を持って、化粧をしている。


 ルージュは即座にキャンサーを狙って呪印銃の引き金を引く。

 銃口から紫色の閃光が疾った。


 キャンサーは微笑みながら体を半歩ずらす。

 超力の弾丸はキャンサーの手鏡と顔の隙間を通過していった。


「あら本当に来たのね」


 キャンサーは顔色一つ変えず、チークを塗っていた。

 ルージュはその言葉に構わず、呪印銃を連射する。

 いくつもの熱線が宙を疾ったが、キャンサーに掠るものすらなかった。


「まあアンタ、少しは落ち着きなさいって。がっつき過ぎは男子がどん引くわよ。合コンとかしたことないわけ?」

「黙りなさい、変態オカマ野郎!」

「オカマじゃない、いい女よ。本当に女子力の低い子ね」


 呆れるようにキャンサーはため息を吐いた。


「ちょっとガールズトークでもどう?」

「カタストルと話すことなんて何もないわ!」


 ルージュの言葉を無視して、キャンサーは目を薄く開いて喋る。


「……もしかして、ちゃんルナってクラウィスの子なのかしら? ちょっと気になってたのよね、廃工都市からやってきたってのが」

「……何の話だかわからないわ。クラウィスって何よ? そんな狂言で私を動揺させられると思ったわけ?」


 ルージュは平静を装っていたが、胸の内では別のことを考えていた。


 ――気付いてなかったのか。


 てっきりルナのことを知って近づいたのかと思っていた。

 だがカプリコルヌのことを思い返せば当然なのだろう。彼らはクラウィスの外見を知らないのだ。


 しかもここは白気石のせいで超力を感じるのが極めて難しい都市。ルナの超力を初見で感じることなど不可能。

 わからない方が当然なのだ。


 ならばあの出会いそのものは偶然だったわけだ。

 ルージュは心の中で舌打ちをする。


 よく考えれば推測できたこと。ならばこそ、もっとうまく立ち回れれば先制攻撃も可能だったのかもしれない。

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