第60話 刻に縛られた者/見捨てられた者③

 ルージュは黒い時計塔の目の前に立っていた。

 都市に聳え立つ塔は、天辺が蒸気によってまるで雲に隠れているように見える。それが宗教絵画の一つのような天へと続くような雰囲気すら醸し出していた。


 周囲を見ると、レンガの壁を装飾としたビルが道路の両端に立ち並ぶ。ビジネス街なのだろう。身なりのいいスーツを着た者達が闊歩していた。

 さすがに都市の中心部なだけに活気がある。


 鉱石の回収でもなく道路にも車が走っている光景は、おそらくここでしか見られない。

 ルージュは手に持っていた情報デバイスを操作する。


 それで以前に貰ったレッドリストを開いていた。

 そこからキャンサーのデータを検索する。


「…………これか」


 ルージュがその画像を見て息を飲む。

 坊主頭で明るい赤の口紅をした男の姿が映っていた。派手なファーの付いたピンクのコートを着用している。


 まるでどこかのサーカス劇団にでも所属しているかのような異質な格好であった。


 ――趣味が悪いわね。


 ルージュは胸の内でそう思う。


 しかし戦闘データを確認すると、やはり実力者なのだとわかる。

 魅惑ノ巨蟹――詳細は不明。


 カプリコルヌと同じだ。

 戦い生きて帰った者がいないのだ。それだけでレッドリストの中でも間違いなく最上位の分類に入る。


 ふざけた外見とは裏腹に、実績は恐ろしいものだ。ノワールのチームを何人もあの世に放っている。しかも出会えば生還率はゼロ。


 ――とは言え、ここまで目立つ外見なのはありがたい。


 これだけ派手なら探し易い。

 もうほぼピンクのクジャクと言っても過言ではないくらいなのだ。


 デバイスを操作して、今度はこの区域の不動産を探した。

 幸運にもそれが近くにあった。

 ルージュはその地点に向かって歩き出す。


               *


「この男を探しているのだけれど」


 ルージュはそう言って、デバイスの画像を見せつける。


 不動産を取り仕切る店。


 室内は焦げ茶色の家具を取りそろえており、落ち着きのある雰囲気だった。

 棚には書類がびっしりと詰まり、高級そうな机とソファーが三セットほど。

 一番奥には業務室と思われるドアがあった。


 職員と思われる若い男性がルージュの対応をするために画像をのぞき込む。


「申し訳ございません、個人情報の観点からお教えするわけには――」

「ノワールの私が聞いてるんですけど」


 ルージュはレザージャケットの内側に収まっている呪印銃をちらつかせる。


「事の重要性分かってるわけ?」

「えっと……」

「この男はカタストルなの。一刻も早く殺す必要があるわ」

「あの~、少々お待ち下さいませ」


 若い男性はルージュの剣幕に押されて後ろに下がる。そして奥のドアに入っていってしまった。


 新たに奥の部屋からは口の下に髭を蓄えた老人が現れた。

 老人は慌てて小走りでやってくる。


「ああ、すみません。まさかノワールの方が直接いらっしゃるとは思わなかったもので。大変失礼いたしました」


 普通は諜報員がアポを取って来るのが普通なのだろう。内容が内容とは言え、礼儀知らずなのはルージュの方だった。

 とは言えここまで対応がいいのは、この都市の教養レベルの高さを示していた。廃工都市なら舌打ちの一つでもされていただろう。


「別に構わないわ。それよりもこの男の情報を」

「お名前はご存じでしょうか?」

「知らないわ。カタストルが一つの名前で活動することはないし」

「わかりました。少々お待ちを」


 老人は手元のデバイスを操作する。


「メリー・Cと名乗っていますね」


 そのデバイスからメリー・Cと言う男の情報を宙に映写する。

 服装こそ多少違えども、その男は間違いなくキャンサーと言える風貌だった。


「4地区三丁目のベイカーアパートに住んでおります」

「念のためデータを送ってくれる?」

「もちろんです」


 ルージュが己のデバイスを老人のそれに近づける。

 それでデータの転送が終わった。


「どうも、報酬は払うわ」

「いえいえ結構ですよ」

「どうせ後で組織から必要経費として申請できるから構わないで」


 ルージュが精算用の円形の機械にデバイスを近づける。

 その金額を見て若い男の職員は目を丸くしていた。


 ノワールならちょっとした富裕層など目にもならないほど貯金があるのだ。

 それをギャンブルに使う馬鹿もいるが。


 ルージュはそのまま不動産の店を出るのだった。

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