第59話 刻に縛られた者/見捨てられた者②

 ルナは駅構内から出ると、ぼーっと遠くに聳える時計塔を見つめる。


「相棒……」


 決して明るい気分にはなれなかった。

 正直心配で仕方がない。

 ルージュが最後に見せた表情。


 ――あんな爽やかな笑顔、初めて見たよ……。


 不機嫌なような目つきの悪いルージュこそ通常であった。笑顔を見せるときも照れ隠しをするか、小悪党のような皮肉があってこそである。


 ――サイファーさんに伝えた方がいいのかな。


 ルナはデバイスを取り出すが、どうしようか迷う。

 もし勝手に連絡したら、ルージュに嫌われてしまうのではないか。

 それが一番恐かった。

 もしルージュに嫌われてしまったら――


 大きなため息が出る。


 ――でも、心配し過ぎかな。


 増援が来ることはすでに伝えられている。

 ルージュが一人で動く必要性がないことは明らかである。彼女も一人より複数で戦った方がいいことくらいわかっているはずだ。


 それにそもそもキャンサーが見つかるかどうかすらわからないのだ。基本的に組織の諜報員がそう言った情報を見つけ、伝えるのであってノワールはそんなことはしない。


 その程度のことはルナにもわかっていた。

 そしてサイファーは昨日のあの様子では《無敗の五将ジェネラル》とか言う奴らが来るまでルージュには何も言わないはずである。


「ふう」


 そう言うことを考えると心が落ち着いた。


 ――もうすぐお昼か。何か食べよう。


 巨大な時計塔のある、街の中心地の方へ歩いていく。

 お金は十分に持っていた。最初にデバイスを渡された時から、そこに電子マネーが送られていたのだ。


「ピザ食いてえな~」


 中心地に向かうほど活気が溢れてくる。

 噴水のある公園広場に足を踏み入れた。


 十字の石畳の地面が広がり、その中央に噴水があった。それ以外の部分は青い芝生に埋め尽くされ、子供達がフリスビーを投げて遊んでいる。花壇には草木や花が植えてあり、ベンチには老人が日向ぼっこを楽しんでいた。


 憩いの場として、老人から子供まで利用している暖かい場所であった。色が全体的にセピア色なので、初めてのルナには侘しい雰囲気も感じてしまった。

 だがそれに慣れているこの都市の住人はそんなことを気にする素振りもなかった。


 とてもではないが廃工都市では見ることのできない光景だろう。

 そして石畳の十字路を右に抜ければカフェなどが並ぶ飲食店のゾーンが見えていた。


「いいえ、あ・た・し・は~♪」


 ルナが歩いているすぐ横のベンチで、アコースティックギターを引きながら歌う声が聞こえてくる。


「蟹座の女~♪」

「いや、お前さんは男だろ」


 思わずルナはその歌にツッコミを入れてしまった。

 何故ならその弾き語りをしている人物がどう見ても男だったからである。


 剃り込みを入れた坊主頭に、厚い胸板を見せつけてくる濃いピンクのワイシャツ。そしてやはり濃いピンクのピッチピチのチノパンに、ヒールのある白い靴を履いている。


 顔は彫りの深いダンディとでも言えるものだった。目にはつけまつげ、唇には赤い口紅を塗り、しっかりと化粧はしているが男らしさは隠せそうにもない。


「あら失礼ね、あたしは女よ。しかもとびっきりい・い・お・ん・な。んちゅっ!」


 男(?)は投げキッスをかましてくる。


「えぇ、それはどうかな~。って言うかオカマさん?」

「違うわよ正真正銘、誰がどう見ても女。しかもいい女。アンタこそ、なーにーその格好は。ん~ダ~メ!」


 男は腰をクネクネさせながら指を左右に振る。


「若い女の子がすっぴんで外出なんて女子力低すぎ~。もっとおしゃれに気を使いなさい。あのね、女は常に他人の目を気にして自分を磨き続けなければならないの」

「そうなの?」

「そうよ。アンタ、恋はしてる?」

「それは~」


 ルナはルージュのことを思い浮かべる。

 それが嬉しい半分恥ずかしい半分、照れ隠しで頬をポリポリ掻いてしまう。


「えへへ」

「してるのね。あたしわかるわ、だっていい女だもの」


 うっとりと男は一人で頷く。


「でもねガール、恋をしてるならお洒落しなきゃダ~メ。もし女子力を停滞させようものなら、すぐに相手は浮気しちゃうわよ。例えば元カノと元鞘戻っちゃったり~」

「ぐっ、元カノと元鞘……」


 カノンと言う単語が脳裏に浮かぶ。


「図星みたいね」

「いや、してねえよ。ま……まだの話だけど」


 カノン――ルージュの口から度々出る女の名前。


 ルージュは無意識かもしれないが、その名前が出ると雰囲気が少し変わる。

 ルージュの目が切なげなそれになるのだ。


 ただの過去の女ではない。

 何か並々ならぬ思い入れがあるのはどう見ても明らかだった。


 それを思う度にルナの胸がモヤモヤする。

 見苦しい嫉妬はしたくないので我慢はしているが、泣きそうになることだってある。


 男がニヤニヤと口を開く。


「だったら、そのままでいいの? その想い人の一番になりたいんでしょ?」

「……そりゃね」

「だったら《女》を磨くのよ! 自分以外ありえないって思わせるほどに!」

「お、おう」

「いいわ、じっくりレクチャーしてあげる。あたしは恋する女子の味方よ。だってあたしはいい女だから」


 男は足をクロスさせ腰を曲げて顎に手をやり決めポーズをとる。


「それはいいけど、その前に飯にしないか?」

「花より団子、それもまた女ね。いいでしょ行きましょ。ただし行くのはあたしの定めたお洒落ポイント70以上のお店よ。女子力はね、いかにお洒落なのかってのも大事なの、わかる?」

「わかったわかった。私もこの都市初めてだから紹介してくれるならそこでいいよ」

「あら、どこから来たの? 交通都市?」

「いや廃工都市」

「あら~、珍しいわね。あそこを出るのってかなり大変なはずなんだけど……」


 男はメイクバッチリの目をパチパチさせながらルナを見てくる。


「まあいいわ。女にはいろいろあるものね。ミステリアスな女って悪くないかも」

「そう言うことだ。ところでお前さん、名前は? 私はルナって言うんだけど」

「ルナ、いい名前ね。あたしは《C》。人はあたしを魅惑のCって呼ぶわ」

「何か寿司みたいな名前だな」

「何よ、全く女子力のないジョークだわ、全く小悪魔的可愛さのセンスがないわね。減点よ。女子力ポイントマイナスぅ~」

「アッハッハ、何を減点するんだよ」


 ルナは笑いながらそう口にする。

 そしてCと飲食店のある繁華街へ向かうのだった。

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