EP7

第58話 刻に縛られた者/見捨てられた者①

EP7 刻に縛られた者/見捨てられた者




 蒸気都市ドューエ、その駅のホーム。

 タイルの床とベンチが並ぶ。ここの飲料水の自動販売機は壊されておらず正常に稼働していた。


 今日は列車の運行はなかった。故にほとんど人はいない。


 閑散とする駅構内で、ルージュはカウンターのガラスの隙間から列車の申請書を提出した。

 ガラスで区切られた向こう側から老齢の女性がそれを受け取る。


「二人で三千ドルだよ」


 愛想のない声でそう言われた。

 ルージュは情報デバイスをレザージャケットの内側から出して、精算用の丸い機械にかざす。


「毎度」


 電子マネーで支払いが終わり、チケットを二枚渡される。


 ――安いわね。しかも日にちは一週間後か。


 一週間で都市間を移動する列車に乗れるのはかなり早い方だ。


 ――さすがに交通都市が近いと便利なものね。


 ドーム都市最大の経済規模を持ち、世界の中心となっている交通都市トレ。

 そこに近ければ近いほどドーム都市の経済状況が変わると言われているほどだ。

 実際に交通都市周りのドーム都市は景気のいい都市が多い。


 蒸気都市も当然にその恩恵を受けている。交通都市に近いおかげで輸出も捗っているのだ。廃工都市とはまるで違う。


 もし廃工都市と蒸気都市の位置が逆だったら、どうなっていたかはわからないかもしれない。廃工都市とて政府機関が腐っているだけで成長の余地は十二分にあるのだから。


 ルージュはチケットを一枚折って、レザージャケットの内ポケットに入れる。


 そしてルージュを待つルナの元に歩いていった。


「ルナ、これ次のチケットだから」

「あんがと。次は交通都市か楽しみだな」

「あそこに行ったら娯楽施設も多いし、楽しみましょうかね」

「いいね、それ」


 ルナはチケットを持ってウキウキと笑顔になる。

 ルージュはそれを見て、少し罪悪感を覚えてしまう。


「じゃあルナ、私はちょっと用事があるから先に買い物でもして帰っていてくれる?」

「何で? 一緒に行くよ」

「……悪いけど一人の方が都合がいいの。昔の友人を訪ねるから」

「そうなんだ」


 ルナが心配そうに眉をしかめる。


「相棒、まさかキャンサーを探しに行くとか言わないよね?」

「………………」

「サイファーさんも危険だって言ってたし、前のカプリコルヌの時だってヤバかったじゃん。ハッキリ言って勝ったのは奇跡でしょ」


 こちらに有利な偶然と条件が重なるに重なって二人掛かりでようやく倒せた。

 それがカプリコルヌ。覇王の超力を持つ相手だった。

 キャンサーはそれと同格。激戦は必至。


 ルージュは爽やかな笑みを浮かべてルナを見る。


「馬鹿ね、変な邪推はしないの。私だって命は惜しいわよ」

「それなら、いいけど……」

「じゃあ夜には帰るから」


 そう言ってルージュは早足で駅を出るのだった。


             *


 白い蒸気がもくもくと空を目指す。レンガのビルに、車の少ない道路。それにセピア色の風景が広がっていた。平日の昼間だからか、人通りも少ない。


 ルージュはレザージャケットのポケットに手を突っ込んで歩道を行く。

 目当ては言うまでもなくキャンサーだった。


 ――絶対に見つけてやる。そして今度は一人で勝つ。


 六魔将、そのボスであるウィリアム=レストン。

 それがルージュの真のターゲットだった。


 ウィリアムと対峙しなければならないのに、その部下である六魔将に足踏みしている場合ではないのだ。


 カプリコルヌ戦は情けないの一言だった。あまつさえ、諦めてしまうような不甲斐無い場面すらあった。

 しかもトルエノと言う実力者と共に二人掛かりであの様。

 あれでは駄目なのだ。


 キャンサー――六魔将を一人で倒すことに価値がある。

 そうでもなければウィリアムなど話にならないのだ。


 それにカプリコルヌのことを鑑みれば、奴らに見つかるのは時間の問題だろう。

 先手必勝、それがルージュの考え方の基本である。


 だがどこにいるかは見当が付かない。

 いつもなら諜報員が情報を集め、サイファーがそれを伝えてくれる。

 それをノワールが狩るのが基本だ。


 もちろん任務の種類によってはノワール自身で情報を仕入れなければならないこともある。それでも諜報員がある程度の下準備はしていてくれる。


 今回のようなケースが希と言えるだろう。


 ――とは言えヒントがないってわけでもない。


 ルージュは廃工都市で戦ったカプリコルヌの人間の状態を思い出す。

 まず彼はルナを奪還するために廃工都市にやってきている。


 つまり列車を使った、と言うことだ。その上でルージュがルナと出会った日から動き出したことを考えれば、おそらく列車の最高級席を使っているだろう。

 そうでなければルージュ達が廃工都市を出る方が先になっている。


 廃工都市関連の列車で最高級席を使用したのであれば、かなり裕福な部類に入る。

 実際、カプリコルヌの不健康な顔はともかく、身なりは上等だと言えた。


 ――あの組織、たぶん金には困っていないでしょうね。


 考えれば当然だったのかもしれない。

 そもそもルナと言う人造人間を生み出す技術だけで、並大抵でない資金は必要になるに決まっている。


 それはルナがいかに人間と変わらないかを知っているルージュだからこそ言えることでもあった。


 ――そうであれば。


 ルージュは遠くにある街のシンボルを眺める。

 巨大な時計塔。

 あの周辺には大規模な建物が立ち並んでいる、まさに街の中心地。


 そしてこの街の富裕層の固まる区域でもあった。

 この蒸気都市、他のドーム都市に比べて多少裕福なのは事実。


 しかしほとんどの人間が貧乏人であることはやはり同じだ。わずかな上位層の割合が若干、多いだけである。東の方に行けばこの都市の闇、貧民地帯が広がっている。かつて足を踏み入れたが、あそこも中々のカオスなところであった。


 普通に考えて、蒸気都市全てを一日で調べるのは不可能。


 しかし富裕層のいる中心地であれば話は違ってくる。

 ルージュは情報デバイスをレザージャケットの内ポケットから取り出す。

 それを手に持って、時計塔の方角へ向かうのだった。

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