第54話 蒸気都市ドゥーエ⑨
「どうだった、ネーベルの話は?」
サイファーが薄ら笑いを浮かべながら尋ねてくる。
「そこそこ参考にはなったわ」
「魔眼の進化は無意識的になされることがほとんどだ。きちんと知識を理解しているノワールは意外に少ない」
採掘場に明らかに似合わない砂を眺めながら、サイファーは続ける。
「大抵のノワールは進化前に死ぬ。あるいは進化を自覚しないまま死ぬからな」
「ネーベルはそれなりに長く生きたってこと?」
「ハッハッハ、あいつはお前の実年齢の二倍はノワールをやっているぞ」
「えっ……」
外見は子供のようだったが、全くそんなことはなかったらしい。
――どうりであんなに不貞不貞しかったわけね。
ノワールは生きている限り外見が変化しないので、あり得ない話では全然ない。
それを知っていても見た目とのギャップは激しいものがあった。
「そしてネーベルは渇水皇の名の下、ノワール最強の《七星魔眼》の一人に数えられている」
「はぁ!?」
ルージュですらその名称は聞いたことがあった。
ノワールには強さの程度によってグループ分けされることがある。
ただし最上級の強さを持つ一部の者だけだ。一般のノワールには遠い話である。
《四聖眼》《星屑の三銃士》ノワールとして生きていれば嫌でも耳に入ってしまう。
その中でも《七星魔眼》は別格。
ノワール最強の称号として訓練生ですらその存在は知っているほどである。
「まさかあのクソガキが……」
「お前よりは格上の奴だ。話を聞けて運が良かったな」
「魔眼の進化、ね……」
ルージュには興味深い話だった。
刻魔眼のさらなる可能性。
もしかすれば最弱の魔眼を脱却できるのかもしれない。
サイファーの雰囲気が冷たく変わる。
「ルージュ、一つだけ忠告しておく。一人でキャンサーを倒そうなどと考えるな」
「………………」
「現在、奴とさらなる六魔将を倒すためノワール屈指の
「だから?」
「そいつらを待て。わかったな?」
念押しをするようにサイファーはルージュを見つめてきた。
ルージュはサイファーの視線を避けて、口を開く。
「……わかっているわよ。私だってそんなに馬鹿じゃない」
そう言って出口の方に足を向けた。
「帰りましょう、ルナ」
「ああ、そうだな」
ルナがルージュの横に並んで歩くのだった。
*
アパートの窓から外を眺めると、月と星が見える。日中の活動時間も終わり、白気石の蒸気も昼間よりは少なくなっている。おかげで擬似的な空の光はしっかりと届いていた。
ルージュはそれをルナとベッドに隣同士で座り、眺める。
すでに二人は麻のパジャマ姿になっている。
ルージュとしては慣れない格好ではあったが、ルナにせがまれて仕方がなく着ることになった。
――でも悪くはないかも。
ライダースーツを着ているとどうしても気を張りつめてしまう。それが目的と言うのもあったが。
それを脱ぐと精神的な開放感はあった。
列車でも感じたが、たまには悪くないのかもしれない。
ルナが闇に染まった空を見上げて口を開く。
「何か昼夜がしっかりあるのは新鮮だな」
「夜はともかく昼がある都市は多くはないわね」
ルナにしてみればこれすらも初めての経験だ。
彼女が知るのは廃工都市だけなのだから。
「そう言えば、ネーベルがアンタに渡した物って何だったの?」
「ああ、それな」
ルナが床に置いてあった袋の一つに手を伸ばす。
その封を開けた。
「まず一つ目はこれ」
そこには白く細長い棒状の手榴弾が三個入っていた。
ルージュはそれを手に取る。
「なるほどね、これは白気石の圧縮された蒸気が吹き出る手榴弾よ」
「使えるの?」
「これを使えば白い蒸気でいい眼眩ましになる。それに超力での探知も一切不能になるから、逃げるにはいいものだわ」
強くないカタストルだと、この蒸気にそもそも驚いて隙を作ってくれる。
そうでなくとも視界を塞がれて超力の探知も不可となれば逃げやすいのは当然だ。戦闘を行わないルナにはピッタリである。
「結構いいものくれたじゃない。さすが《七星魔眼》といったところかしら」
「それとこんなものが」
「はぁ!?」
ルナが二つ目の袋を開いていた。
そこには短くて半透明な青の棒状の物があった。
棒の先端は左右共に卑猥な丸みを帯びている。
双頭ディルドと言う奴である。
「ネーベル式ディルドVer4・0だってさ」
「ネーベル……思い出した。あのネーベルだったのね」
青い双頭ディルドを前に、ルージュの古い記憶が掘り起こされた。
ネーベル式ディルド。
正直以前に名前を聞いたときは、アダルト部品メーカーの名称か何かだと思っていた。なのでノワールの開発した物だとは考えもしなかった。
「どういうこと?」
「それ、使ったことあるのよ。前の話だけど」
「……カノンって人?」
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