第53話 蒸気都市ドゥーエ⑧

 悔しかったので話題を変えた。


「ふん。で、ネーベルの話は本当なわけ?」

「ああ、事実だ。キャンサーは確かにこの都市に潜伏している。だがあちらもまだ本格的に動き出してはいない」

「そうなの?」

「ああ、まるで何かを待っているように不気味に都市を観光しているよ」


 観光など気楽なものだ。

 だがそれだけ腕に自信があると言うことなのだろう。


 サイファーが言葉を続ける。


「奴らは何かを企んでいる。だがその前に潰す必要がある」

「次の任務はそれになるわけ? 私とネーベルで組んで」

「残念ながらネーベルは今日の夜にはここを出立してもらうことになっている。そいつには鉱石都市でやらねばならないことがあってな。謹慎も今日で解ける」


 それを聞いてネーベルが「うんうん」と嬉しそうに頷く。


「だから今日、どうしても金が必要だったんだ。あの辛気くさい列車の中でひもじく生活するのはゴメンだからな。豪勢に料理と酒を飲み尽くしたい」

「アンタ、そんなだから破産するんじゃない?」

「……ほっとけ」


 破産したノワールにはよくあることだ(ノワールが破産することがそもそも珍しいが)。


 一度生活水準が上がり幸福の味を知ると、人間と言うものは中々それを下げることができない生き物。

 それが原因で借金のループに負われ、破産。最悪監獄都市送りになってしまう場合もある。


 ネーベルはポケットからデバイスを取り出す。


「まあそう言うことだ、ルージュ。お前とはここでお別れだ。なので報酬をさっさと寄越せ」

「はいはい、わかったわよ」


 ルージュもまたデバイスをレザージャケットの内側から取り出した。

 デバイスをルージュが操作する。


「準備できたわ」


 そう言うと、ネーベルがデバイスをルージュのそれに近づけてくる。

 ピッ――電子音がなった。これでルージュの電子マネーがネーベルのデバイスに引き渡されたことになる。


「あれ?」


 ネーベルがデバイスの画面を見て呟いた。


「へえ結構な金額を入れてくれたじゃないか。報酬以上だろ、これ」

「どうせ報酬分だけじゃ、すぐに金が底を尽きるでしょ。仕方ないから少しだけ割り増しして上げたわ。また路上で倒れられても迷惑なのよね」

「おやおや、そりゃどうも」


 ネーベルは機嫌良さそうに口を開く。


「じゃあ私から貰った金の分の情報をやる。ルージュ、お前まだ魔眼を進化させてないだろ?」

「魔眼の進化?」

「魔眼は進化する。そして使える異能も増える。お前が今まで出会ってきたノワール達の中で、複数の能力を使えるものはいたはずだ」


 先ほどの戦闘、ネーベルは二つの異能を発動していた。砂と水である。


 ルージュには確かにネーベルの言うようなノワールを何人も見てきた。

 トルエノだってそうだった。

 思い返せば彼女の雷魔眼もまた様々な技があった。電磁球、迅雷、それに磁力でカプリコルヌを押さえつける技もあった。


「魔眼って、複数の技を使えるものもあれば一つの技しかないものもある。そう言うものって認識していたのだけれど」


 ルージュ自身、刻魔眼は一つしか能力のないタイプだと今まで思っていた。


「それは違うぞ。最初は誰しも一つの異能しか使えないのだ」

「でも何で私が魔眼を進化させてないってわかったの?」

「眼を見ればわかるさ。魔眼は進化させれば大きな負担を持つ技を使うことにもなる。そうすればどう足掻いても眼には傷が残るんだ。ノワールでも治癒されない傷がな」

「……なるほどね」


 ルージュの記憶の中には、魔眼を使って眼が充血、最悪血涙を流しているノワールが何人かいた。


 あれは魔眼の進化によって酷使されたものだったらしい。


 一応ルージュも魔眼を連続して使い続けると似た状態になり、異能が発動できなくなる経験はあった。

 しかし血涙までは当然にない。


 ネーベルが言葉を続ける。


「そして魔眼の進化には二種類のタイプがある。一つ目は強化型。これは魔眼が最初に持つ異能をとことん強化されるタイプだ。単純だが使い勝手がよくて、火力も最終的には非常に高くなる」


 イメージはし易い。

 ようは威力が単純に上がるわけだ。


「もう一つが変化型。これは一つの魔眼に複数の異能が備わるタイプだ。一つ一つの力は弱いが、しかし応用が効く。うまく使いこなせれば様々な状況に対応できるテクニックタイプとも言えるな」


 こちらは少し分かり難かった。

 どの程度の変化なのか、ルージュにはよくわからなかったからである。


「ただし魔眼の進化がどちらかのタイプに完全に偏ることは少ない。強化型寄りの魔眼、変化型の魔眼という風に、どっちの性質もある程度備わっているのが普通だ」

「アンタはどうなの?」

「強化型だな。使える技は七つだが、根本的には一つの能力の形を変えているに過ぎない」

「でも砂と水の能力の二つは使えるでしょ?」

「私の魔眼は《水魔眼》と言って水を操る魔眼だ。砂化にするのは水分を得るための副次的効果に過ぎない」

「なるほど……」


 あの砂は水分を吸収する能力の結果に過ぎないらしい。

 しかしそんな便利な副産物があるのは羨ましいものである。


「さて金も手に入ったし、私はそろそろ次の都市に行く準備でもするかな」


 ネーベルが出口に歩き出した。

 そうかと思えば振り返ってルージュに視線を向けてくる。


「ルージュ、六魔将に挑むのは結構だが――奴らは強いぞ」

「言われるまでもないわ」

「それは頼もしいな。それとルナ――」


 ネーベルがルナに近づく。


「何さ?」

「こいつをやる」


 ルナに何か小さな袋のようなものを二つ渡した。


「使い方は中に説明書があるから、読んでおけ」

「どんなものが入ってるんだ?」

「お前等二人のためのものだ」

「二人の……」


 ルナは不思議そうな顔で小袋を手に持つ。


「じゃあせいぜい頑張れよ」


 そう言って岩の隙間をジャンプして出口の穴に消えていくのだった。

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