第52話 蒸気都市ドゥーエ⑦

「アンタ、ノワールだったのね」


 ルージュが銃をホルスターに納めながら、ネーベルに近づいていく。


「そうだぞ。とは言え謹慎中の身で本当は戦闘駄目なんだけどな」

「謹慎ってアンタもしかして……」


 組織は常に人員不足である。

 特にノワールに関してはことさらその傾向にあった。

 だから謹慎と言うのはかなり限られた状況でしか起こらない。


「賭博都市で破産したんでしょ。それで監獄都市送りになりそうなところをギリギリ組織に助けられた」

「まあそんなところだ」

「それでも懲りずにまたどこかから借金拵えてまた賭博都市に行って破産。監獄都市送りを救済して貰った。そのループを五回くらいしたんじゃないの?」

「…………」

「ノワールの謹慎なんてそのレベルじゃないと起きないわよ」

「……ま、まあそんなところだ」


 ネーベルの顔に冷や汗が流れていた。


 ――こりゃ五回じゃ済まない回数やってるわね。下手すりゃ監獄都市に収容された経験すらあるのかも。


 そんな彼女の態度にルージュは呆れ果てるしかなかった。


「全く騙されたわ。って言うかあの餓死寸前で倒れてたのも演技だったわけね」

「ハッハッハ、名演技だったろう」


 ノワールに餓死と言うものは存在しない。


 シードを心臓に宿すノワールの主な栄養源は感情だ。食事によってエネルギーなどたかがしれている。むしろ美味しい不味いなどの感情の方がよほどエネルギーになる。


 そして生きている限りは感情が生まれる。それが意識的にせよ、無意識的にせよ、である。


 超力を大量に使いすぎてしまいガス欠になることはある。魔眼が使えないだの、呪印銃が撃てなくなるだの、そういった現象を起こしてしまう。

 しかし超力が完全に枯渇して餓死することは、生きている限りはないのだ。


「しかし今回は私一人で倒したようなものだな」


 ネーベルが得意げに語る。


「だから報酬も全部、私のものだ」

「情報は?」

「別料金になるのう」


 ネーベルが意地の悪い表情を浮かべる。

 しかしルージュは動揺もせず真顔で口を開いた。


「あっそう、勝手にすれば。言っておくけど謹慎中のアンタに組織から報酬が入ることはないわよ。誰が倒したろうが、私のところにキャッシュは入ってくるの」

「ぐぬぬ……」

「約束通り情報をくれるのなら、こちらも報酬はそちらに渡すわ。どうする?」

「意外と抜け目がないな。カノンはもっと適当だったぞ」

「そんなところまで受け継ぐ必要はないでしょ」


 ルージュはきっぱりとそう言った。

 ネーベルの話術に乗るつもりは毛頭なかった。


「わかったよ。ケチ臭いねぇ」

「情報は?」


「六魔将の一人、《魅惑ノ巨蟹》キャンサーがこの都市に潜伏している」


「何ですって……」


 ルージュは思わず目を細めてしまった。


 あの《黒鋼ノ魔羯》カプリコルヌに続いて、新たな六魔将がすでにこの都市にいる。

 待ち伏せか、ルートはすでに予測されているのかもしれない。最短の道が交通都市を経由する以上、それもやむを得ないことだ。


 ――願ったり叶ったりね。


 だがそれで良かった。

 ルージュにはむしろ都合がよかった。

 どのみち全員潰すつもりだったからである。


「居場所は?」

「さすがにそこまでは知らん。ただそれ関連で組織も動いて――」



「ネーベル、あまり余計なことは口走るな」



「あら?」


 ネーベルが首を横に回す。


「久しぶりじゃないか、サイファー」


 スキンヘッドの男、サイファーが鉱山内に来ていた。

 落石で塞がれていた岩も、再三地面が揺れたせいで傾き、人一人分通れる隙間ができていたのだ。

 サイファーはそこからぬるりと入ってきたらしい。


「うわぁ!」とルナが吃驚する。

 何せ現れた位置がルナの真後ろだったからだ。

 気配なくそんなことをされたら誰でもそんな反応をするだろう。


 幸いルージュはある程度は慣れていた。それでも度肝を抜かれることはあるが。


 ネーベルは挑発的にサイファーを見上げる。


「別にいいでしょこれくらいは」

「相手を考えろ。そこにいるのはノワールきっての狂犬だぞ」

「あらそうだったの。血の気はある方だとは思っていたけど」


 二人の会話がルージュの気に障った。


「狂犬なんて心外なんですけど」

「だったらキャリア相応に落ち着くことだな」


 正論を言われて「ぐぬぬ」とルージュは言い負かされる形となってしまう。

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