第51話 蒸気都市ドゥーエ⑥
ルージュはレザージャケットの中に手を入れた。左腋の下に位置するショルダーホルスターから呪印銃を抜く。
超力の探知が全く聞かない以上、今は五感に頼るしかない。
ルージュは地面に全神経を集中させる。
「………………」
音と揺れ、聴覚と触覚、それにノワールとしての戦歴が生んだ第六感をフルに回転させる。
直感がルージュを突き動かした。
不意に呪印銃を左方の地面に向けて撃つ。土は熱線の高熱によって熔けて穴が開かれる。
地面に開いた穴から黒い蒸気が立ち上った。カタストル特有のそれである。
どうやら当たったらしい。
だがカタストルは心臓を破壊しなければ死なない。この程度は傷の内にも入らないだろう。
「!?」
亀裂で土がぼこりと膨れ上がった。
突如地面が割れた。その中から黒い物体が飛び出してくる。
ミミズのような形をしたカタストルである。
カタストルは口に紫色の光を貯めていた。
ルージュは前方に走り出す。
カタストルの口から超力の光線が放たれた。
ルージュはそのミミズの攻撃後の隙に呪印銃を撃った。
その体の中心を超力の圧縮弾で吹き飛ばしてやる。
そのせいでミミズの体が中心部から二つに分裂した。
「…………何?」
ミミズのカタストルには確かに当たった。
しかしそれは全くの決定打にならなかった。
体を貫ぬかれたカタストルは、すぐに地面から生えている根元から再生を始める。
――シードに当たらなかった……と言うよりはむしろあれは本体ではない?
ルージュはそう考える。もし体の中心でなく、頭にシードがあるならその頭部から再生しないとおかしい。だが今は、カタストルは地面の方にある体から再生を始めた。
つまりあのミミズは、本体の一部に過ぎない触手のようなもの。
だとすると、地中に真の体があるはずである。
「クソッ!」
ルージュに苛立ちが募る。
超力の探知ができれば、本体の位置など簡単に割り出せる。今のことだって超力の強さを感知できれば簡単にわかったはずだ。
だがこの白気石に溢れた場所ではまず不可能。
そうなると五感を持ってして敵が地中のどこにいるか探らなければならない。
――よく考えてるじゃない。
敵のカタストルと、この白気石の採掘場の相性は抜群と言えるものだった。
ここでなければ間違いなくもっと楽に狩れた獲物だ。
ルージュはこの状況を冷静に分析する。
まずはルナ達を完全に逃がすところからだろう。
触手を使うタイプは機動力に欠けるものが多い。
その上で一対一。
音――おそらく地中を這いずる音をうまく聞き取れれば、本体の位置が把握できる。
だがそのためには、敵の注意をルージュに向ける必要があった。
敵の行動を単純化するためである。
それにはルナ達に一刻も早く逃げて欲しかった。
ガコ――と、白い地面が再び隆起する。今度は一か所ではない。三つ同時だ。
ゴッゴッゴ――と、地中から三体のミミズが間欠泉のごとく凄まじい勢いで噴出する。
それらが出てくるとすでに口に紫色の光を貯めていた。
狙っているのはルナ達だ。
ネーベルに連れられたルナはまだここから完全に脱出していなかった。
「くっ!」
ルージュは銃口をカタストルに向け、引き金を連続で引いた。
二つの紫の閃光が採掘場を翔けぬける。
一発で二体のミミズを、さらに一発で残りの一体を屠った。
だが最後の一体が弾丸を受けながらも、ビームを闇雲に放ってしまった。
それが運悪く、引き返す通路の上に当たる。壁が砕けて轟音を鳴らす。
その衝撃で岩が落ちて、ルナ達の退路を塞いでしまった。
白い砂煙が舞い上がる。
「あぁ、もう!」
悉くルージュの計画が崩れてしまう。
「ルージュよ、どうやら手詰まりのようだな」
ネーベルが塞がれた出口の岩に寄りかかり、笑みを浮かべてそう言ってきた。
「随分余裕そうじゃないの? 状況をわかってるわけ?」
「そうだな。少し手を貸してやろう」
ネーベルがワンピースのスカート部分から中に手を突っ込む。そこから黒い銃を取り出した。
オートマチック制の銃身が異様に長くて太い仕様。
それは正に呪印銃以外の何物でもない。
「な、アンタ!?」
ルージュが目を見開いて驚く。
呪印銃を持っていると言うことはノワールである何よりの証拠。
「さて、ちょっとやるかねぇ」
ネーベルは肩に呪印銃を載せる。
カタストルの蠢く音が響く。地面が揺れたかと思えば、さらに四対のミミズが地中から這い上がった。
瓦礫の岩が宙を踊る。
「魔眼解放――」
ネーベルの左目が輝く。
「貪欲の
地面が――変質した。
砂が生まれ出す。固い地面がさらりとした質感になっていった。
土だったそれがどんどん砂に変わっていく。
大地が崩れて、カタストルの姿が露わになっていった。
巨大な影の球体が、砂から頭を出す。球体からはミミズの触手が数十本も生えていた。触手をうねらせ、強い殺気をネーベルに放つ。怒りの感情が現れていた。
間違いなく本体だ。
「……嘘でしょ」
ルージュは上方に信じられないものを見てしまった。
水だ。
大量の水の固まりが浮かんでいたのだ。
「さあ、まだまだ行くぞ」
ネーベルの魔眼はまだ輝いている。
「嫉妬の
水が龍の形に変わった。
幻獣を模したそれは、王者のように我が物顔でとぐろを巻いて空を支配する。
そしてバネが跳ねるかのごとく、とぐろが解かれた瞬間、それが球体のカタストルに襲いかかっていく。
水がカタストルの本体に巻き付き、宙に浮かした。
空中に影の球体の姿が露わになる。
龍の体は完全にカタストルを巻き尽くしていた。ミミズが溺れるように無意味にもがく。
「潰れろ」
ネーベルがそう宣言した。
その瞬間、水の龍がカタストルを強烈な力で締め付けた。
「アァァァァァァァゥ!」
カタストルの断末魔が響く。
ぐちゃり――水の龍の圧力によって、カタストルが圧縮され押しつぶされた。
内部のシードも圧力によって潰されていたようで、もはや再生のできる体ではなかったようだ。
カタストルの体が黒い影を伴って蒸発していく。
「まあこんなもんかね」
ネーベルが結局使用することのなかった呪印銃を太股のホルスターに納めるのだった。
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