第50話 蒸気都市ドゥーエ⑤

 白気石の蒸気が空を覆っている。


 レンガ仕立ての街の中をルージュ達は西へと進んでいった。

 そして最終的には街を抜けてしまう。


 レンガの建物が消えた、そこから先は赤茶色の荒れた土地が現れた。その遠くには木のない岩山が大小、様々に広がっている。


 コンクリートの道路が一つあるだけで、後は山と荒野しかない有様だ。廃工都市の廃墟区域のごちゃごちゃ感とは真逆の、殺風景極まりない様相だった。

 ただし山からも白気石の蒸気が上っている。そこだけは街と同じだ。


「ここは?」


 ルナが初めての場所に困惑していた。


「ここは白気石の鉱山地帯よ」


 ルージュが説明する。指を向こうの方にある鉱山に指示す。


「あれらの鉱山から白気石を採掘するの。それでこの都市は成り立っているわ」


 蒸気都市の象徴であり、ほぼ全てと言える白気石。

 それを支えるのは間違いなくこれらの豊かな鉱山地帯と言える。


「へえ、すげえなぁ。でも白気石の採掘場って、重要そうなわりには、あんまり人の気配がないな」

「つまりカタストルが出ていて、だから作業員は避難している。そうなんでしょ、ネーベル?」

「うむ。そして昼間にも活動できる個体じゃ」


 ルナが頭に「?」を浮かべる。


「昼間にも活動ってどういうこと? あいつら夜以外は力が弱まるんだろ」

「強力な個体は例外よ。例えばカプリコルヌみたいな。でも無意識的に出す超力は少ないのは同じだから探知はし難いんだけどね」


 代わりに昼間に活動する個体は当然のごとく人目に付きやすい。それを元に諜報員が情報を集め、場所を特定。


 それをノワールが殲滅するのだ。

 故にか、カタストル自体も強個体であれ人目に付くのはよしとせず夜に活動するものが多いのだ。


 今回は餌を逃がすような迂闊なことをする個体。まだカタストルになりたてか、あるいは我を忘れるほど餓えている状況なのだろう。


「まさかアレくらい強い奴が?」


 ルナが不安そうな表情になる。

 やはりカプリコルヌとの戦いは彼女の心に強烈なイメージを焼き付けたようだ。


「いやレッドリストに載るレベルではないぞ。さすがにそのレベルを一人にやらせるわけにはいかん」


 ネーベルが代わりに答えてくれた。


「まあ、とは言え昼間から活動できる個体。将来的にはそうなってもおかしくはないがな」

「その前に叩き潰すだけよ」


 ルージュは静かにそう言うのだった。


              *


 鉱山の入り口に差し掛かる。


 山の麓にぽっかりと楕円形の綺麗な穴ができていた。木で造られた屋根が玄関のようにルージュ達を迎え入れる。

 ネーベルを先頭に三人は鉱山の中へ入っていく。


 鉱山内は電灯もなしに仄かな白い光で満たされていた。岩や壁、土が仄かに発光しているのだ。

 ルナがそれを物珍しそうに眺める。


「灯りもないのに、明るいもんだな」

「白気石の光ね。明るい場所だと分かり難いけど、こうやって暗い場所だと発光してるのがはっきりわかるのよ」


 その成分の多い鉱山内は、故に灯りがいらないのだ。


 ――しかしここは本当に厄介ね。


 ルージュは眉をしかめる。


 白気石の超力探知妨害のせいで、自分以外の超力はほぼシャットアウト状態だった。

 街でも超力の探知は相当に妨害されていたが、その比ではない。特にここは酷かった。

 下手をすればカプリコルヌ級の敵が近くにいても気付けないかもしれない。


 鉱山も含め、この都市自体がカタストルの連中にとっては住みやすいものだ。何故なら普通に生活していてもノワールに見つかりにくいからである。


 過去にはカタストルが徒党を組んだ際に、根城をこの都市に選ぶことが多かった。それらの殲滅作戦が幾度ともなく行われルージュも参加したことはあった。


 しかしそれらの戦いのせいでカタストルのアジトだと認知されやすくなってしまっている。そのせいでカタストルが組織を形成する際には返って使われにくくなっているのが現状だ。


 ルージュ達が鉱山の通路を進んでいくと開けた空間に出た。


 トロッコ用の線路が地面を右往左往し、巨大な採掘機械がそこらに点在する。

 ピッケルを初めとする鉱山道具が無造作に置かれ、大きな段差の場所には梯子が立てかけてあった。


 ここが主となる採掘場の一つなのだろう。


 さらに別の採掘場へと続くであろう通路の穴があちらこちらにあった。

 異世界にでも来たような不思議な空間である。


 ルージュがそこに足を踏み入れた。


「!?」


 ゴッゴッゴ――地中を這い回る不気味な音が聞こえてくる。

 音は決して大きくなく、採掘中なら気付けないだろう。

 しかし人気もなく、静かに行動していたルージュ達にはさすがに聞こえてくる。


 そこからは、日常ではない得体の知れない不気味な存在を感じられた。


「ネーベル、ルナをお願い」


 そう言うとネーベルは無言で首をこくりと縦に振る。

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