第49話 蒸気都市ドゥーエ④

「あ~食った食った。ごっそーさん」


 少女が膨れた腹をポンポンと叩く。テーブルの上には二十以上の皿が置かれていた。


「どんだけ食べたのよ……」

「助かったよ、ルージュ」

「このガキ……って言うか、そろそろ名前くらい教えなさいよ」

「私はネーベル、まあ組織の諜報員ってところだ」


 つまりはサイファー等と同じ職種と言うわけだ。

 外見は子供だが驚きはしなかった。組織の人間の奇想天外っぷりにはすでに驚き疲れていた。


 ちなみにルージュが今までで一番驚いたのは人形に自分の脳を埋め込んだ諜報員である。

 そこまでするか、とひどく狼狽した記憶があった。


 ――それにしてもネーベルってどこかで……。


 ルージュは記憶を探るがうまく思い出せなかった。

 なので本人から詳しい話を聞くことにする。


「で、何で組織の諜報員が餓死寸前で倒れてたわけ? アンタ達、結構給料良いはずでしょ?」

「いや実は――」


 ネーベルが笑いながら通信デバイスを出してある画面を見せてくる。


「賭博都市で有り金ほとんど使っちまってな」


 残金がほぼゼロに近かった。


「……本当に馬鹿ね」


 だが実際は珍しいことでもなかった。

 基本的に散財する暇のない組織の人間は諜報員もノワールも多い。

 ルージュも無駄に金は貯まっていくばかりだ。


 しかしだからこそ取得できる休暇を使い、賭博都市のカジノに気を紛らわしに旅行へ。そこで軽い気持ちで始めたカジノで人生を狂わすのだ。

 最初に下手に資産があるせいで、どっぷりカジノにはまってしまい、気が付けば後戻りできない状態に。


 よくある話だ。


「監獄都市にぶち込まれてないだけ、良かったわね」

「アッハッハ、そんな馬鹿はくらいの者だろうに」

「……アンタ、カノンを知っているの?」

「まあ、一応な」


 ネーベルは試すようにそう言った。


 ――このガキ、見た目のわりに妙に余裕があるわね。


 さすがのルージュも不可思議に思う。


「なあ相棒、カノンって誰だ?」


 会話に置いてけぼりだったルナが尋ねてくる。


「……私がまだ新人の頃にチームを組んでたノワールの名前よ。師匠みたいなものね」

「ふぅん、あっそう。いいですね、それ」


 ルナは何故か不満そうな表情だった。


「何よ、ルナ」

「別に~」


 ルージュが焦って聞いても、ルナは不機嫌なままだった。

 それをニヤニヤ観戦していたネーベルが口を開いた。


「痴話喧嘩のところ悪いが、ルージュよ、一つ頼まれ事を引き受けてはくれんか?」

「借金の申し入れなら受けないわよ」

「そんなんじゃない。カタストルのお掃除だ」

「それなら別にいいけど」

「それで報酬のお金は私にちょーだい」


 ネーベルが両手を差し出しておねだりのポーズをする。


「ハッ!」


 ルージュはそれを鼻で笑った。


「馬鹿じゃないの。そんなことするわけないじゃない。まともな理由があるならともかくギャンブルで破産した馬鹿を――」

「代わりにウィリアム=レストン率いる六魔将の情報を寄越すと言ってもか?」

「……何?」


 空気が変わった。


 ルージュの顔からは笑みがすでに消えていた。

 残ったのは腹の底より沸き上がるどす黒い感情だった。


「ノアに届くかもしれない蜘蛛の糸だぞ。どうするカノンの忘れ形見よ?」


 そんな答えはルージュの中ではとっくに決まっている。

 端金など必要はない。


「いいわよ。報酬は全額そちらに渡すわ。だからさっさと案内しなさい」

「聞き分けがよくて助かるの」


 ネーベルは小気味よく笑うのだった。

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