EP5

第41話 殻の外①

EP5 殻の外




 列車が鉄道の上を走っていた。

 シュルターの外壁を守るため、列車はいくつもの門を抜けていく。


 ルージュとルナは窓近くのテーブルに向かい合って座っていた。


「外が見えないな~」

 ルナが車窓に移る黒い景色とオレンジの外灯が入り交じった景色を見て不満そうにそう言った。


「仕方がないわ。外からの大気を防ぐために五重の分厚いシュルターを抜けなければいけないもの」

 ルージュも退屈な景色を眺める。


 ドン――と大きな音が後ろから響いてくる。


「今の音は?」

「一つ目のシュルターを抜けたから、それが閉まったのよ」


 五つのシェルターは当然一気に開くわけではない。

 そんなことをすれば、外気が進入してしまうからだ。

 故に一つずつ開いていく。


 第一のシェルターが開き、それを抜ける。

 それが下ろされると、次は第二のシュルターが開いていくのだ。

 それを抜けて、シェルターが降りれば次は第三のものが開く。


 外気を防ぐだけなら本当は五つもいらない。だが少しでも事故を減らす為に数を増やしているのだ。

 またシェルター間には酸素を生み出すための植物園が秘密裏にある。もっとも外側のシェルターには微力ながら汚染物質を打ち消す効果のある人口植物が植えられていた。全ては都市の空気を循環させるためである。


 そして列車は進み四つ目のシュルターが閉まった。

 最後のシェルターが開く。


 そこからは外の光が漏れていた。


 ルナが待ちきれないとばかりに目を輝かせる。


「わくわくするな!」

「どうせすぐに飽きるわよ」

「そうか?」

「二日も乗ってるんですもの。感動は最初だけよ。でも見れるだけ本当はラッキーなのかもね」

「列車に乗れば見れるじゃん」

「簡単に乗れるものじゃないわ。お金の問題もだけど理由も審査されるの。審査もかなり厳しくて、まず普通に生きてたら通らないわ」

「何でそんなに厳しいの?」

「都市間の移動を簡単にすると、貧乏な都市から裕福な都市へどんどん移民しちゃうからね。そうすると治安が不安定になって、それが経済にも悪影響を与えていくから規制されているの。実際問題、さっきまでいた廃工都市の民度で、次の蒸気都市に行くとかなり煙たがられるわよ」

「そういうもんなのかね」

「教育は国家百年の計と言うけど、やっぱりその辺は大きいわよ。ちゃんと最低限の教育をされているかで、論理的な思考回路、根本的な常識がまるで違う」


 治安や経済のあり方は教育水準で露骨に変わる。それをルージュは様々な都市を回ってよく思い知らされた。


 教育はすぐには結果では出ない。故に下に分類される都市では完全に無視する。

 そもそもその考えが最も危険だとも知らず、目先の利益ばかりを求めるのが治安の悪い都市の基本だ。


「少なくとも、廃工都市の治安警察や行政府のやり方なんて蒸気都市ではありえないから」

「蒸気都市はいい方なのか?」

「そうね、それなりにいい方よ。交通都市トレが近いってのもあるし」

「交通都市か。よく聞くなその名前」

「世界の中心だからね。最も経済の栄えた都市よ。あそこに近いほど都市の経済もいいわ。一部の例外はあるけど」


 話していると列車がとうとう最後のシュルターを抜けた。


 山と森に溢れた世界に変わる。大自然の緑が景色を占領していた。

 眩しい本物の太陽の中、白い鳥達が空を自由に羽ばたく。

 煌めく川には魚の泳ぐ影が見えた。

 直接触れているわけでもないのに爽やかな空気すら感じるようだった。


 ルナは車窓に顔を付ける勢いだった。


「すげーな、綺麗だぁ。もっとこう、毒々しい感じかと思ってた。空気が紫色みたいな」

「汚染されたって言われれば、そう思うのも無理はないわ。現実はこんなものよ」

「これで人間が生きられないってんだから、不思議なもんだな。普通に外に出られそうだもん」

「ユグドラシルが人類だけに毒となるウィルスをばら撒いたからね。他の動植物には影響はほぼ皆無よ」


 この大地から人間だけを追い出すように、ユグドラシルをそんな毒を空気中にまき散らせたのだ。


 他の動植物にどのくらい影響を与えているかは、現実問題わからない。まともな調査ができない上に、過去のデータも残っていないので調べようがない。


 ただこうして外の景色を眺めていると、誰しもが人間だけが自然から追いやられたと感じてしまうのだ。


「でも最初からこうだったわけじゃないのよ」

「そうなの?」

「ドーム都市、それを結ぶ鉄道ができたばかりの頃は三度の核戦争と神樹戦争の傷が残ってたから。ずっと赤紫の砂漠と禿げた渓谷が連なっていたの」


 ルージュは通信デバイスを取り出す。

 そこから過去の資料を取り出してルナに見せた。


 大量破壊兵器によって荒れ果てた大地が映る。

 空は赤黒く渦巻いて、水は干からび大地には草の一つもなかった。あるのはただどこまでも続く乾いてひび割れた大地と死屍累々の砂漠である。


 ルナはそれを見て表情が暗くなっていた。


「うわ、こっちの方がよっぽど汚染されて見えるな」

「核戦争と神樹戦争は時にして二十年くらい。それを治すのに四百年もかかったのよね。そう言うこと考えると不思議な気分よ」

「相棒は意外とロマンチストなんだな」

「ロ、ロマンチスト!? 別にアンタに付き合ってあげてるだけよ。いつもは映画でも見て過ごすわよ」


 何となく恥ずかしくて、ルージュはベッドにダイブして不貞腐れた振りをするのだった。

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