第40話 救世の胎動⑭
「昨日はどうなるかと思ったよ」
「そうね」
ホテルの一室でルージュとルナが朝支度をしながらそんな会話をする。ベッドと冷蔵庫、それにシャワーだけが備わった簡素な部屋だった。それでも寝るだけと言う目的には充分だったが。
カプリコルヌには勝てたものの、アパートは崩壊してしまった。
仕方なく駅近くのビジネスホテルで一泊したのだ。
そして今日がとうとうこの廃工都市ウーノを離れる日でもあった。
「そろそろ行くわよ」
「オッケー、よいしょっと!」
ルナが重そうな白いトランクを右手で持ち上げる。
ルージュがルナの左肩の包帯を見る。両手で持てない原因はそれだろう。
「……持つわ」
「これくらい大丈夫だって」
「いいから」
ルージュは引ったくるように、ルナの荷物を持った。
あの傷は間違いなくルージュのせいだ。
そのことに責任を感じてしまう。
「相棒、ありがと」
ルナが顔いっぱいに笑顔を浮かべてそう言った。
「別に……ただ持ちたかっただけよ。勘違いしないでよね」
「何を勘違いするんだ?」
「アンタのためにしてるんじゃないってこと。これは……筋トレよ!」
照れくさくてルージュはルナから顔を背けてしまう。
頬に熱を感じていた。
ちなみにノワールは再生する基準の体ができてしまっているので、運動能力が変わることはない。
*
ホテルを出て駅へ到着する。
前に来た時とは違い、構内には人で溢れかえっていた。
ルージュは切符売り場に行く。
通信デバイスの履歴を照合して、切符の再発行をしてもらった。手数料をデバイスで支払い、新たなチケットを貰う。
トランクに詰めていた荷物はともかく、それ以外の所持品はほぼ瓦礫の中に埋もれてしまったのだ。
探すのは無理だろう。仮に見つけられたとしてもその頃には列車はとっくに出発してしまっているに違いない。
ルージュは再発行したチケットを持ってルナの元に戻っていく。
「これアンタの分」
「はいよ」
二枚の乗車券の一枚をルナに渡す。
そうしていると二人に近付いてくる者がいた。
不吉な顔をした男である。
「ルージュ」
サイファーだった。相も変わらず仏頂面をしている。
「昨日はよくやった。だが油断はするなよ」
「どういうこと?」
「この末端の都市まで奴らの手先が回って来たんだ。次の都市でも危険はあるだろう。あまり無茶はするな」
「わかってるわよ」
「では次の都市で会おう」
「そうね――って!」
ルージュが驚いている隙に、サイファーはスイーッと人ごみを抜けて鉄道の方へ行ってしまった。
「あいつ、次の都市にもいるのね……」
「いいじゃん、知った顔の方が安心するし」
「それはそうだけど。あの不景気な面をまた拝むとなると、穏やかじゃないわね」
ルージュはジト目でサイファーの背中を見送った。
「おーい!」
さらに人ごみをかき分け、ルージュ達に近付く影があった。
前髪を真ん中で分けたヤンキーっぽい雰囲気の女性、トルエノであった。
「トルエノじゃない。何か用、暇なの?」
「ひでぇ言い草だな。見送りに来てやったんだぞ」
トルエノが苦い顔をする。
「昨日はいろいろと悪かったな。お前のことは見直したぜ」
「これからは見た目と超力で判断するのはやめることね」
「そうだな。肝に銘じておくよ」
「まあ、私も……その……」
ルージュはもじもじして言いよどむ。
「昨日は助かったわ。あ、ありがと……」
「へえ、そんなに赤くなってお前も可愛いところあるじゃん」
「う、うっさい!」
トルエノに頭を雑に撫でられて、そう言ってしまう。
今度はトルエノの視線がルナに向く。
「それからルナも」
「何だい?」
「次の都市でも気を付けろよ。やべー奴らが関わってるってわかったしな。それにお前の相棒はどうも暴走しがちな気がある」
「そうなんだよね。困っちゃって」
「もしもの時は止めてやれよ」
「おうよ」
分かり合ったように、ルナとトルエノは拳同士を軽く合わせる。
「一応言っておくけど、保護者は私だからね」
ルージュは念のため、二人にビシッと言ってやった。
「はいはいわかってるって」
「むむむ、何よその言い方」
ルナの悟ったような言い回しにルージュは違和感を覚える。
発車時刻が近付いてくる。
それを察したトルエノが口を開いた。
「じゃあな、お二人さん。アタシも来週にはこの都市を離れるからしばらくは会えないだろうけど」
「貴方も蒸気都市に行くの?」
「いやアタシは別の都市に行く。これで会うのは下手したら最後かもな」
「ノワールってそう言うものでしょ」
都市を回るノワールは滅多に会うことができるものではない。担当する都市が一緒になることは完全に運であり、確率もかなり低いのだ。
会うにしても時間はかなり必要だろう。
「でもお互い『次』があるように長生きしましょう」
「それはアタシの台詞だ。危なっかしいんだよ、ルージュは」
「危険がノワールの宿命よ」
「そうだな」
トルエノがしみじみと言葉を噛みしめていた。
さすがに時刻も迫ってきて、ルージュは動き出す。
「そろそろ行くわ。元気でね」
「そっちもな」
こうしてトルエノと分かれ、ルージュ達は進むのだった。
*
「でっけえな~」
ルナは人でいっぱいのホームで列車を見上げる。
長い銀色の箱が後方まで蛇のように続いていた。
鋼鉄の列車は二階建てであり、初めて見る人間には圧巻と言える風貌だ。戦闘車両は角ばった鋭利な外観のせいで、何だか悪の大魔王の顔のようだった。
故にか、四角い銀色のモンスターとも呼ばれている。実際にちょっとやそっとのことでは壊れることはない。軽いカタストルくらいなら吹き飛ばしてしまう強固さと馬力があった。
「こっちよ」
ルージュがルナを先導する。
乗るのは一番前の車両だった。それが高級席なのだ。
駅員に切符を見せて、中に乗り込む。
赤で装飾された派手な通路が現れた。
その通路の中にあった扉の一つにルージュ達は入る。
そこにはまず玄関があり、浴室やトイレのドアが並ぶ。
一番奥の空間は居間となっており、冷蔵庫とダブルベッド、それにテレビと窓際にテーブルが置いてあった。
綺麗に掃除されておりまさに高級ホテルのような空間である。
『間もなく発車します。揺れにご注意下さい』
社内アナウンスが響く。
ルージュが荷物を床に置いて、ベッドに座る。ふかふかで思わず倒れこみたい衝動に駆られてしまう。ルナもベッドに飛び込んだ。
そしてガタンと揺れると列車が動き出す。
廃工都市ウーノが離れていく。
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