第33話 救世の胎動⑦

 刹那、死を連想させる。


 それほど強大な超力を感知してしまっていた。背筋が凍りつくように冷たくなっていく。

 汗が額からどっと吹き出てきた。


 先程までのやりとりが馬鹿馬鹿しくなってくる。


 例えるなら小さい子供同士がおもちゃを取り合って喧嘩をしていた。そこに完全武装の歩兵十万、戦車一万、戦闘機一万が完璧な隊列をなして津波のように押し寄せてくるような。


 いや、その例えすら生ぬるい。


 ルージュもトルエノも、ノワールではそれなりに実績はある方だ。

 ピンチは何度も経験した。

 それを乗り越えて生きてきた。


 だからなんだかんだでどうにかなる。

 無意識的にそんな感覚がどこかにあったのだろう。


 恐ろしい勘違い。


 格が違う。


 緊張で気が付けばルージュ達はお互いを敵視するのをやめていた。

 そんな場合ではない、そう本能が告げていた。


 コツコツコツ――と、足音が近付いてくる。


「あら? こんなところにノワールが二人もいますねぇ」


 若い男が一人、廃墟の影から姿を見せた。


 身長は高かったが、病的に痩せていて骨と皮だけの体だった。頬は痩せこけ、顔は異常に青白く、ウニみたいな髪をした骸骨のようだった。


「くちゃくちゃくちゃ――」


 男はやる気のない目でガムを噛む。それを口からぷーっと膨らませ、すぐに萎ませた。


「くっ……」

 男のある一点を見て、ルージュは苦い気持ちになる。


 その手には二つの呪印銃が握られていた。


 ノワールに男はいない。


 だが目の前の人物は二丁の呪印銃を手にしている。

 つまりあれは先日殺された二人のノワールの所持品だったものだ。


「アンタがカプリコルヌ、黒鋼ノ魔羯?」

「ああ、そうです。よくご存じで」

 カプリコルヌは興味なさげにそう答えた。


 ならばあの超力も納得できる。

 

 ルージュとトルエノは一気に戦闘体制になる。


 ルージュは呪印銃をホルスターから出し、トルエノは足をいつでも動かせる状態に入っていた。

 しかし殺気だったノワールを前にカプリコルヌはまるで無反応だった。

 どうでもいい、そんな雰囲気が漂う。まるでルージュ達は眼中にない様子だった。


「ところでお二人の中で、うちのワタナベ博士を殺ったって方はいますか?」


 ルージュがトルエノに目配せをする。

 合図を出したら動け、と。トルエノも暗黙の了解で頷いた。


「ええ、私が八つ裂きにしてやったわよ!」


 ルージュが右に、トルエノが反対側に走り出した。


 そして別方向から同時に二発ずつの超力の熱線を放った。

 棒立ちの相手、確実に命中させられる。


「それが聞けて助かります」


 カプリコルヌは首を曲げて、腰を少しズラす。


 それだけで、すり抜けていくかのように超力の弾丸をやり過ごした。


 さらにカプリコルヌはその意味不明な姿勢から、ガムを空に吐いて、二丁拳銃を撃ち放つ。


 超力の圧縮弾が左右に二つ、翔ける。


 その出鱈目な熱線の一つがルージュの左耳を溶かした。


「こいつ、何て精度なのよ……」


 どう見ても大道芸のような格好で撃たれたものだ。それが致命傷でないにしても当たるとは。

 ルージュの失った耳が再生していく。


「魔眼解放――」


 トルエノの目が輝いていた。


「迅雷!」


 魔眼から黄色い雷が撃たれる。太く柱のような大きさだった。


 カプリコルヌは身を翻す。


 だが雷の不規則な動きを読み切れず、左腕が閃光に飲み込まれた。カプリコルヌは「ヒュー」と微笑を浮かべる。


「へえ、貴方やりますねぇ。この間の人達よりはやりがいがありそうだ」


 カプリコルヌは残った右の呪印銃をトルエノに向けた。

 そこでルージュから意識が逸れる。


 ――チャンス。


 そのタイミングを見計らって、ルージュが呪印銃の引き金を引いた。

 超力の熱線が直線に進む。


 カプリコルヌは寸前でそれに気付き、身を傾ける。

 心臓には当たらなかったが、右腕にヒットしてくれた。


 その右手に握られていた呪印銃が地面に転がっていく。


「あーあ」

 カプリコルヌが傷ついた両腕を再生させながら残念そうな声を出した。


「あの銃、格好良くてそこそこ気に入っていたんですけどね」

 そう言ってポケットから白く丸いガムを取り出して口に放る。

 くちゃくちゃくちゃ――下品な租借音が鳴る。


 ルージュは足を止め、呪印銃の引き金を連続で引いた。三発の超力の圧縮弾が飛び出した。


 さらに別の地点からトルエノも魔眼を解放して迅雷を放っていた。


 二つの攻撃がカプリコルヌを挟み撃ちにする。


 ――いける。

 ルージュは確信した。回避は不可能な状況だ。


 いくら超力が高くとも、心臓を壊されれば終わり。

 それは絶対に変わらないはずだ。


「じゃあ少し本気を出しますかね」


 怠そうにカプリコルヌはそう口にした。

 黒い影がオーラのように地面から沸き上がる。


 ブォン――と、不意に風圧が生まれた。

 砂塵が巻き起こり、ルージュはその圧に本能的に顔を腕で覆う。コンクリートの粉塵が宙を舞い、視界を灰色に染めて塞いだ。


「なっ!?」


 砂煙が収まり、視界が開けたとき、ルージュの眼には先程とはまるで違う存在が映されていた。


 そこには悪魔の化身が降りていた。ドーム都市を覆い尽くすほどの超力が無意識下でも放出されている。

 空気がぐにゃりと歪む程の覇気が空間を支配する。


 捩じれた二本の角を持った雄山羊の頭を持つ巨人が立つ。それは岩のように頑強で太く、奇怪にして凶悪な筋肉を全身に漲らせていた。

 手には使い込まれたような鈍い光沢の銀色の斧を持ち、全身には黒い鉄のようなプレートが張り付いている。


 強靭なるカタストルの姿がそこにはあった。

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