第32話 救世の胎動⑥

 トルエノはレザージャケットのポケットから金色のコインを取り出す。


「こいつを上に飛ばす。それが落ちたら開始だ」


 トルエノがコインを指で弾く。

 コインがクルクルと宙を回っていった。


 ルージュが左に走り出す。トルエノは逆方向に駆けだした。


 カラン――コインが地面に落ちる。


 瞬間、お互いほぼ同時にそれに反応してホルスターから呪印銃を抜く。


 トルエノが先に撃ってきた。


 紫色の熱線がルージュの走った軌道に飛んでいく。

 その中でルージュはしっかりとトルエノを見定めた。


 走りながらの状態で普通に狙っても絶対に当たらない。


 銃を撃つにもいくつかの行程がある。


 狙いを定める。

 引き金を引く。

 弾が放たれる。


 この三つの行程をしている間に、最初に定めた狙いの場所には敵はすでにいない。


 だから避けるならまずは動く。

 的を絞らせないのが基本だ。


 故に当てる方はある程度、予測をしながら射撃をしなければならない。

 それでも簡単ではない。自分が動きながらでは体が安定しない。相手が動きながらでは的が絞れない。


 その上でヒットさせる確率を上げるためにトルエノは多く撃った。基本であり、また射撃の威嚇の効果により、相手に反撃を躊躇わせられる。


 一方でルージュは違った。


 相手の動きを綿密に観察して、未来の動きを正確に読みとる。

 その上での精密射撃。一発一発を丁寧にする。


 ルージュはトルエノの動きを見極めようとする。速度、頭の角度、正確、挙動――


 そして呪印銃の引き金を引いた。超力の弾丸が射出される。


 それはトルエノの顔に掠った。サイドの髪が数本散る。


「おお、危ねえ!」

 トルエノが速度を落とし口笛を吹く。


 ルージュの射撃予測の演算能力の高さは魔眼のせいであることが大きい。

 攻撃能力がほぼない刻魔眼で敵を倒すには、超感覚中に見えるもの全ての動きを予測して、回避と攻撃を同時に行うカウンターショットしかない。


 この貧弱な異能で勝つために、ルージュの素での体術や射撃術の技術はノワールの中でも異様に高かった。またかつての師に鍛え上げられた部分も大きい。


 そうでなければ勝てないのだ。


「思ったよりやるじゃん。じゃあこっちも魔眼解放――」


 トルエノの左目が輝く。


「電磁球」


 超力で生成された電気が、ボールの形状をして現れる。


「弾けろ!」


 電磁球から、横幅一メートルはある広範囲の稲妻が放たれた。


 危険を察知したルージュは直前で止まる。ルージュの進行方向を黄色い閃光が占領する。


 あと少しでも対応が遅ければ、あの中にいたのかもしれない。

 だがルージュには止まったことで生まれたわずかな隙があった。


 トルエノの呪印銃が火を吹く。

 ルージュは頭を低くして地面を蹴った。


「何!?」


 だがその足に絡みつくものが走行を妨害する。


 白いスライムのようなそれは粘着性があるらしく、足から中々離れてくれなかった。


「悪いな」


 トルエノが得意げな表情でルージュを見る。

 彼女の手には黒い長方形の金属が握られていた。


「スパイダーネットだ」

「いつの間にマガジンを……」


 呪印銃はノワールの、シードから生まれた超力を圧縮して放つ。

 故に普通の銃と違い弾数と言う概念がない。超力がある限り撃ち続けられる。


 しかし呪印銃にもマガジンはある。

 あるのだから当然に意味もある。


 それは特殊な弾を撃つときにマガジンを交換するのだ。


 トルエノの使ったマガジンは《スパイダーネット》。足止め用の特殊弾で、殺傷能力はない代わりに広範囲に拡散するものだった。


 本来、巨体でパワーのあるカタストルに使用されるものであり、ノワールのルージュでは簡単に外せるものではなかった。


 トルエノは呪印銃に装着されたスパイダーネットのマガジンを外し、通常弾のものを装着させた。


 そして銃口をルージュに向ける。


「動けない的に当てるのは簡単だよなぁ?」

 勝ち誇った口調だった。


 油断、トルエノにそれが見えた途端にルージュにも勝機が見える。

 ルージュは口の端を上げた。


「どうかしらね」

「試してみるか!」


 トルエノがその引き金を引く。


「魔眼解放――」


 左目が疼く。


「超感覚」


 ルージュの視界以外の全てがスローモーションになる。


 足を止められた状況だろうと、超感覚の前では必ずしも優位とは限らない。


 スローとなった世界の中で、ルージュはトルエノの向けた銃口から弾道を予測。確実に頭の顎を狙っていた。万が一外れても他の部位にヒットしやすいことも考慮したのだろう。


 だがわかれば回避は容易い。


 さらにその上でカウンターの一撃を演算する。


 今はトルエノが勝ちを確信して油断している。特に決めやすいタイミングなのだ。


 ――っ!?


 その最中ルージュは『アレ』を発見してしまった。


 遅くなった世界が終わる。


「仕方ない!」


 ルージュは呪印銃を構えた。


 トルエノの紫色のエネルギー弾が飛んでくる。


 それを予測に従い回避――できない。


 それはルージュの右頬を抉った。肉の破片が側面方向に飛び散る。

 その傷を自覚する間もなく、今度はルージュの呪印銃が放たれる。

 それはトルエノから一メートルも離れた場所に飛んでいった。


「ハッ、どこを狙ってるんだよ」


 トルエノは最後のルージュの攻撃を鼻で笑った。


「完全なヘッドショットにはならなかったが、これで充分だろ。こっちの勝ちだ」

「アホ言ってんじゃないわよ、後ろ向きなさい」

「何?」


 トルエノが振り向いた瞬間、ルージュは二発目を撃った。

 それはトルエノの背後にいたムカデ型のカタストルを貫く。

 カタストルは断末魔と共に影が蒸発して消えていった。


「チッ!」


 トルエノが苛立って舌打ちをする。


「勝負に熱中して、あんなのにも気付かないなんてね。アンタの方こそ足を引っ張らないで欲しいわ」


 ルージュは呪印銃をホルスターに戻し、サイコダガーでスパイダーネットを切り取る。

 これで足が自由になれた。


 だがトルエノはあくまで納得した様子ではない。


「でも勝負はアタシの勝ちだ。先に顔面に当てられたのはお前の方だ」

「私だってあれくらい避けられたんですけど! その上でアンタの鼻に一発ぶち込めたわ。助けてやっただけ感謝しなさい」

「言ってくれるじゃないか、クソガキ」

「何よ、図体でかいだけのゴリラ女」


 言い争いが始まる。互いに認め合う気はさらさらなかった。またしても邪険な雰囲気になる。

 チームワークなどほど遠い。

 トルエノは不機嫌そうに口を開く。


「じゃあ仕切り直して、もう一回やるか?」

「いい加減にしてくれないかしら。私は明日鉄道に乗るからグダグダしてられ――え?」



 前触れなく全身に悪寒が駆けめぐった。背筋が凍るプレッシャー。



「何だこの感じは!?」

 トルエノの顔からはもはや不機嫌は消えていた。塗り替えられたのは動揺の感情。


「そんな……」


 ルージュもほぼ同じ気持ちだった。

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