第34話 救世の胎動⑧
「あれが、黒鋼ノ魔羯……」
ルージュはその神秘的な姿に息を飲む。
今までの醜悪な外見をしたカタストルとは違う。
禍々しさよりむしろ神々しさがあった。
それでもやることは変わらない。
ただ呪印銃で心臓を撃ち抜くのみ。
――でかくなった分、攻撃は当てやすくなった。速攻で決める!
今の巨体を持つカプリコルヌに、前のような変態的避け方は不可能。
ならば敵の本気が見える前に決着を付けるべきである。
ルージュは迷わず、心臓に向かって呪印銃の引き金を引いた。
紫色の弾丸が放たれる。
「!?」
カプリコルヌが裏拳でそれをいとも容易に弾き返した。まるで軽く投げられた石礫をいなすかのように。そしてその拳には黒い鉄の籠手が装着されていた。
「くっ、魔眼解放――」
トルエノが左目を輝かせる。
「迅雷!」
太い雷が不規則なギザギザ模様の軌道を描いて発射される。
カプリコルヌがその斧を振るった。斧と雷が衝突する。
しかし結果は歴然としていた。
雷は斧によって、まるで小さい火でもかき消すようになくなった。
――さっきの攻撃が消えたのも、あの斧か。
カプリコルヌが変身する前、ルージュとトルエノは確かに攻撃をしていた。
おそらくはあの斧を振り回して、それらの攻撃を消したのだ。最初に感じた風圧もそのせいだろう。
――だったらどうする?
ルージュは走りながら考える。あの超力を圧縮した弾丸すら弾き返す斧とプレート。
そんな装甲を相手にするのは簡単ではない。
「チッ!」
ルージュは面倒な相手に舌打ちをしてしまう。
一方のカプリコルヌはその巨体とは裏腹に、昆虫並みの軽やかさでスッと跳躍をする。
その巨体がトルエノの前に落ちた。
圧倒的な質量で地面のコンクリートが割れる。瓦礫が重力を無視したように空に上がった。
「しまった!」
地面が大きく揺れ、トルエノがバランスを崩す。
刹那、カプリコルヌの斧が縦に一閃。
トルエノの右肩が根元から一刀両断された。
肩から大量の出血がなされ、呪印銃が右腕ごと宙を飛ぶ。
そしてカプリコルヌはトドメとばかりに斧を振り上げた。トルエノは痛みと精神的ショックの影響か、反応が遅れていた。
「トルエノ!」
ルージュが呪印銃を、その背中に向かって撃つ。
だがそれはカプリコルヌが身に纏っていた金属板のようなプレートに弾かれてしまう。
「あの金属には撃っても無駄ってわけね……」
ならば、とルージュは狙いを変える。
今度はカプリコルヌの脇を狙った。
あの金属板のプレートが弾丸を完全防御するのであれば、そのプレートの隙間である関節部分を狙えばいい。
今なら問題なく命中させられる。
ルージュは超力を込め、弾丸を放った。
紫の光が飛んでいく。
その目論見は当たった。
カプリコルヌの脇から上部に向かって超力の弾丸で消失する。
それが幸をなし、トルエノに迫る斧が横に逸れた。
「トルエノ、ここは引くわよ!」
このままではじり貧、一旦戻って知りえた情報を基に再度対策を練った方が得策である。
「貴方、邪魔ですねぇ」
カプリコルヌがターゲットをルージュに変える。すでに傷は再生によって完治していた。
放たれるプレッシャーは、ルージュの汗腺から水分を強制的に噴出させる。
――一か八か、アレを使ってみるか。
ルージュは呪印銃のグリップの底に存在している出っ張りを強くズラす。
カチャ――とマガジンが排出された。通常弾のマガジンをレザージャケットの内側にあるポケットに入れる。
レザージャケットには多くの内ポケットがあった。通信デバイスや、人によってはそこにサイコダガ―を収納している者もいる。
その中にマガジン用のものもあるのだ。
そこからさらにルージュは赤いマガジンを引っ張り出した。
それを呪印銃に装填する。
そうしている間にカプリコルヌがルージュの元にジャンプしてくる。暴力的な力が押し寄せてくる。
悠長に撃たせてくれる間はなかった。
カプリコルヌの着地に合わせ、今度はルージュが後ろに飛ぶ。地面のコンクリートが砕け、局地的な大地震が起きた。
その揺れに巻き込まれると、さっきのトルエノと同じ目に遭ってしまう。
故にルージュはジャンプしたのだ。
だが揺れは回避できたが、空中にいる間も結局は無防備。
ルージュが銃口を定める寸前だった。
「~~~ゥッ!」
声にならない悲鳴をあげる。
カプリコルヌの足がルージュの胴体に入っていた。そのまま蹴り飛ばされる。
飛ばされているルージュは痛みで意識が混濁する中、銃口を前に向けて撃つ。
赤い閃光が走った。肩が外れそうになるほどのビリビリと強い反動がやってくる。
マグナム弾――通常弾の数十倍の威力を持つ、所謂強化弾である。
ルージュは蹴り飛ばされた勢いで廃墟の壁にめり込む。クレーターを作るほどの威力を受けて、そこでようやく止まった。
ボロボロになった傷が自動で再生されていく。
ドゴン――っと一方で盛大な音がした。コンクリートの砂煙が現れた。
カプリコルヌが倒れたのだ。
「ざまあみなさい……」
ルージュはフラフラと立ち上がり、血反吐を吐いてそう呟く。
貫通したのだ。マグナム弾はしっかりとあの装甲を貫いたのだ。
貫いたのが足で、バランスを崩したのだろう。あの巨体であれば仕方がない。
すぐに二発目――とはいけない。
「くそ、このポンコツ!」
マグナム弾は強力な威力を持つ反面、デメリットも大きかった。
銃に対する負担が大きすぎるのだ。
まず一度撃てば最低でも次まで十秒は撃てなくなる。つまりその間、ルージュは呪印銃が使えない。
この状況では追撃は不可能。次に撃てるより先に、おそらく相手の再生の方が早く終わる。
「ルージュ!」
トルエノがやってくる。
「撤退だろ、今しかチャンスはねえ!」
「そうね」
地面に手を付くカプリコルヌを後ろに、ルージュ達は全速力でその場を去ろうとする。
最後にルージュがカプリコルヌを見たとき、違和感があった気がした。
しかしそんなことを確認している場合でもなく、廃墟を駆け抜けるのだった。
*
「ふう~」
カプリコルヌはノワール達が見えなくなったのを確認して人間の状態に戻る。
そして立ち上がり、首を捻って骨をポキポキと鳴らす。
「いや、我ながら見事でした。ちょっと最後の転び方は過剰演技で心配でしたが。今度映画俳優のオーディションでも受けましょうかねぇ」
騙せたのならば問題はない。
カプリコルヌはポケットから赤いガムを取り出して口に入れる。林檎の味が口の中に漂い始める。
くちゃくちゃくちゃ、とそれを噛みながら、逃げたノワール達の超力を探知する。
この手の探知、カタストルは基本的に苦手だ。
だが六魔将クラスになればこれくらいはできて当然。
ノワール達の逃げている場所が本能的に伝わってくる。二人いるので、通常よりもさらに見つけやすかった。
あの雷撃を使うノワールにあえてトドメを刺さなかったおかげである。
これでノワールの逃げる先が判明するだろう。
そしてそこにはカプリコルヌがここに来た目的があるはずだ。
「さてワタナベ博士の遺作、クラウィスのところまで案内してもらいましょうかね」
カプリコルヌはガムを風船のように膨らませる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます