第15話 バオム教③
「カタストルに有効なのは超力を用いた攻撃のみ。実弾で傷つけることはできても、シードだけは超力以外で壊れることはないわ。そしてシードが残っていれば基本的に死ぬことはない」
それがカタストルの強みであり、脅威でもあった。
「でも最も人類にとって厄介だったのはカタストルの生まれる性質よ」
「そういやアイツ等ってどうやって生まれてんだ?」
「シードは初めにゴーストと呼ばれる状態で生まれる。それが人間に寄生することで強力なカタストルに変身するわけ」
ゴーストは小型のカタストルとする見方もできる。
あるいは進化前と言うのが適切か。
故に殺せないまでも人間の武器で撃退くらいはできるのだ。
「ゴーストの状態での戦闘力は決して高くない。でもアイツ等は影さえあればどこからともなく現れて、人の体内に入り込んでくるの。それが人類には効果的で、さっきまで味方だった人間が何の前触れもなくカタストルになるんだから」
最大の強さはそこにあった。
「それが神出鬼没、軍事施設だろうが街の中だろうが森の中だろうが、いつでもどこにでも現れる。人類は最悪のゲリラ戦を強いられたわけ。もう疑心暗鬼でまともに指揮も取れなかったみたいね」
カタストルが内部をかき乱した結果、人類は加速度的に崩壊していった。
「それで打つ手なく敗北を喫したわけ。人類が抵抗する意志がなくなっていくに従って、ユグドラシルは地上に人間が住めないように汚染物質を一定の量ずつ世界中にまき散らした。そして人類がドーム都市に籠るとその機能を自ら停止させたわ」
「今はもう動いてないんだ」
ユグドラシル、神樹戦争が終わって四百年の時が経った今でも沈黙を守り続けている。
ルナは関心したように「ほぉ~」と息を吐いていた。初めて知る分には珍しい話なのだろう。
「でもユグドラシルは止まったのに、カタストルはまだいるんだな」
「現在のカタストルやゴーストは全部、大戦時代の産物よ。主を失った彼らは今でも『感情』と言う栄養を求めて影の中に潜んでいるわ」
「すげーな、どんだけの数いるんだ?」
「そりゃ最も人類の栄えた時代、その人口の九十九パーセント以上を死滅させたのですから。その全容は今でも把握しきれていないわ」
ノワールの戦いもまた終わりの見えないのが現状だ。ゴーストの神出鬼没な性質から、いつだって後から対応するしかないのだ。
「すげーんだなユグドラシルって」
「そのすごさが我々には迷惑なのだよ、ルナ君」
突然の男の声にルージュもルナも驚いて飛び跳ねそうになる。
振り返ればサイファーが付いてきていた。どうやら会話を盗み聞きしていたらしい。
「いたのならさっさと声をかけなさいよ」
「いやいやルナ君には知っておくべき話だと思ってね。あえて黙っていたんだ」
サイファーは意地の悪い表情で笑みを浮かべながら、さらに話を続ける。
「ユグドラシルは四百年前の存在。現代に生きる我々にはその存在が遠く、ある意味で伝説的となってしまってさえいる」
ドラゴンや天使と同じ、ファンタジーと言っても過言ではないだろう。
「そう言う神秘性に人間は昔から弱い。バオム教とはそのユグドラシルを狂信的に崇める宗教なのだ」
この暗い時代と言うのも相まって新興宗教は増え続けている。
ただ新興宗教は普通ならば既存のキリスト教だの仏教だのをベースにしているのだが、バオム教は異質だ。
だが異質でありながら今の宗教の中で最も力を持った新興宗教であることは間違いない。
ほぼ全てのドーム都市にその拠点を持つのは由緒正しい宗教を含めてもバオム教くらいだ。
そして彼らは異常に金回りがよい。ただその原因は不明だ。
「彼らの最も忌むべき存在はノワールであり我が組織なのだよ」
「何で? 関係ないじゃん」
ルナから当然の疑問が出てくる。
「そうもいかんのだ、ルナ君。彼らにすればカタストルはユグドラシルの生み出した聖なる存在、天使そのもの。だからそれを打ち倒す我々は悪魔の手先だってね」
「はぁ~、そう繋がってくんのか」
「ほんっと、迷惑な話よ。アイツ等あの手この手で嫌がらせしてくるんだから。何度、撃ち殺してやろうと思ったことか」
ルージュが苛立ちを舌打ちに変換する。
「ルージュ、今回の任務はそのバオム教の教会にカタストルが出たと言う報告が入った。そいつを処分してこい」
「また前みたいに面倒なことになるのは嫌なんだけど」
「一応、話は通しておいた。いつもよりは幾分かやりやすいはずだ」
「……そうだといいけど」
不安に残るルージュであった。
サイファーが今度はルナの方を向く。
「ルナ君も一緒に行きなさい。いい社会勉強になるだろう」
「はいよ。ところでサイファーさん、例のモノなんだけど」
「それならもう送ってある。帰る頃には届いているんじゃないかな」
「おお、ありがとさん!」
「ではルージュ、頼んだぞ」
サイファーはそう言って来た道を引き返していった。
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