第16話 バオム教④

 ――ゴースト並に神出鬼没な男ね。


 サイファーの後ろ姿を見て、改めてそう思った。あの男はノワール内ではニンジャの末裔ではないかと噂されるほどだ。ちなみにルージュは他のノワールに積極的にその噂を広めている一人でもある。

 ルージュとしては一度サイファーの生態は調べてみたいと常日頃から思っていた。いつか盗聴器でも服に仕込みたいものである。


「ところでルナ、サイファーに頼んだモノって?」

「ヒ・ミ・ツ。後でのお楽しみだ」

「?」


 妙に嬉しそうなルナを見て、不思議とルージュは不安な気持ちになるのだった。


              *


 人で溢れた繁華街の道。

 狭い道が人で溢れかえっている。ネオンのけばけばしい看板があちらこちらに立っていた。えせブランド品を売る商人、怪しい格好をした薬売りや、露出の激しい娼婦、蛇を操る占い師、何もかもがごちゃまぜのガラパゴス。


 これぞ下級ドーム都市の醍醐味であった。


 ここは廃工都市の中心部の一画。この都市で数少ない活気のある場所である。

 飲食店が並び、その露店から白い煙があちらこちらで上がっていた。


 そんな露店が左右に並ぶ中、その一つにルージュとルナは入る。

 二人で木製のカウンターにある、ベンチのような長椅子に座った。


「天ぷら蕎麦」

「おっちゃん、私には狐うどんくれ」


 二人がそう注文すると「はいよ」と店主がいそいそと料理を始める。

 ルージュは通信デバイスを会計機器に近づけ、料金を先に払った。


 任務の時間まで余裕があったのでルージュ達は食事を取ることにしていた。カタストルは基本的に夜行性なのだ。


 昼間は超力を発しないので弱体化している半面、こちらからの探知が難しい。カタストルも普段は人間の姿なので超力を感じられないと判別ができないのだ。


 例外も数多くいるが、今回はサイファーからの注意がない以上通常個体で間違いないだろう。


「しかし相棒、そんなにバオム教ってのは面倒なのかい?」


 ルナがそう言って、赤い筒状の容器に所狭しと入れられた割り箸を一本取りそれを真ん中からパチンと折る。


「だってカタストルに殺されるかもしれないんだろ。だったら普通はノワールを受け入れてくれそうなもんだけどな」

「アイツ等はね、現実が見えてないのよ。辛すぎる現実から逃げるために馬鹿みたいな考えを狂ったようにありがたがってんの。理屈の通じる相手じゃないわ」

「だったらほっといたら? 嫌な相手を無理矢理助けるってのも、ねぇ」

「それができれば苦労はしないわよ」


 ルージュは大きくため息を吐く。そしてルナと同じように割り箸を容器から取った。


「でもね、カタストルは基本的に長生きすればするほど強くなっていく。だから放置するわけにもいかないの」

「そうだったのか。てっきり生まれた時から強さって決まってんのかとばっかり思ってた」

「いやその認識はあながち間違ってないわよ。やっぱり強いカタストルは最初から強いし、雑魚はどう足掻いても雑魚よ。たまに大器晩成なのもいるけど例外ね。最悪なのは、その強いのがさらに強くなって手が付けられなくなること」


 百年生きた能力の弱いタイプより、一ヶ月生きた才気に溢れたタイプの断然に強い。そう言う生き物なのだ。


「ノワールもカタストルもその辺は同じなのよ」

「ノワールもなんだ」

「ええ、もちろん。ノワールは身体能力においては超人的だけど、固定でほぼ全員変わらない。でも魔眼、固有の超能力みたいなのが使えるのよ。どんな能力が手に入るかは運次第でね」

「知らなかった。相棒は使ったことあるの?」

「……大抵は使ってるんだけど」

「え?」


 ルナは目を丸くする。


「私の魔眼は感覚を究極的に拡張して、世界を一定時間スローで見えるようにするだけ。私以外には使ったかどうかは判断し難いでしょうね」

「すげーじゃん。それって強い方?」

「……中の下ってところ……かしら」

「中くらいなんだ」


 ルナのキラキラと信じ切った瞳が見つめてくる。

 ルージュにはそれが痛かった。それでつい口を滑らせてしまう。


「嘘よ、本当は下の下。最弱の部類に入るわ」


 攻撃能力はゼロ、防御能力も低い部類に入る。

 他の魔眼に比べてアドバンテージがあまりにも少ない。


 刻魔眼――時を操ると言えば聞こえはいいが、現実は使い勝手の悪い外れの能力だ。


「そっか。でもずっとそれで戦って来たんだろ。やっぱ相棒はかっけーよ」

「そりゃ……まあ、そうよ。アンタ意外とわかってるじゃない」


 ルージュは照れくさくてモジモジしてしまう。こんなことで褒められるとは思わなかった。


 能力が弱いと見下されることの方が多いのだ。


 そんな話をしているとルージュ達の前に頼んでいた品がやってくる。


「いただきます」

「いっただっきまーす!」


 二人でそれに箸を付けるのだった。

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