第5話 クレイドル (2)
《【
なぜ急に追い掛けようだなんて思い至ったのか、自分にもハッキリと言い切れるものなんてなかったけれど。とにかく心配な気持ちが、わたしの中で膨らみ沸いていた。
廃棄予定となっている第一ゲートに到着すると、間もなく神垣先輩の姿を捉えることが出来た。
神垣先輩は、何故かゲートに設置されたメンテナンス用リフトの上で、頬杖をつき。破棄されるこのゲートを静かに、そしてどこか寂しげに見下ろしている。
そんな元気のない神垣先輩の様子から、戸惑いを感じたものの。だけど、わたしは安堵感から、ほぅと吐息をつく。
それから、ゆっくりと……わたしとしてはソッと、邪魔しないようにと思って近づいてたんだけど。不器用にも、またしてもふらつきながら、ガタガタとあちらこちらにぶつかり。間もなく、先輩はこちらに気がついて。今にも吹き出し笑いそうな、いつもの表情をこちらへ見せてくれた。
それから爆笑さながらに、思いっ切りお腹を抱え込み、ゲラゲラと笑い始めている……。
――ひ、ひどいなっ! こっちの気持ちも知らないでさぁ~。
「なんだよ、ハルカ。何か用事かぁあ~?
まさか、わざわざこんな所まで『笑いを提供しに来ましたぁ!』なんて言うなよなぁ~。ハハハ♪」
「――ちッ、違いますよっ! べ、別に! 用事って程のことでもないんですけど……」
思っていたよりも元気そうなので、今更ながら損した気分になる。
そうこうして、わたしはようやく神垣先輩が居るリフトまで辿り着けた。
先輩の近くまで行き、そこの手すりをグッと掴み。神垣先輩と同じ様に、片方の手で頬杖をつきながら、ツンと不愉快気な顔を横へ向けて口を開いた。
「それよりも、フェミクさん達から聞きましたよぅ~っ。8年前の件。それから、ローウェン・コーン技師とクレイドルのことも」
「――!? ぁあ……そういうことね。ハハ…」
わたしが考えもなく正直にそう言うと、神垣先輩の表情は、一瞬だけ凍りつく。それから、動揺したように目が泳ぎ、次第に元気なく顔を沈めた。
「……」
しまったな。さっきの言葉は、どうも考えが足りなかったかも? またあとで、独り反省会をしよう。
はぁ~……。
わたしは言ってしまったあとで、後悔をし、神垣先輩の様子の変化からそう思い悩んだ。
すると、神垣先輩は軽くため息をつき、このわたしをクスリと笑いながら横目に見つめ。次に、何かを懐かしむような表情で口を開いてきた。
「お前を見ているとな。時折、昔の自分を見ている様な気がしてきて。それで、心配になる時がたまにある」
「え?」
「張り切って、ハリキリ過ぎて。あの日も、ヘロヘロになるまで頑張った夕方頃だったよ。
「……」
それはきっと、8年も前の事件のことなんだろうな、と直ぐに察することができた。
だけど、わたしはどんな言葉を掛けてあげたらいいのか分からず、ただ黙って聞いていることしかできなかった。
神垣先輩は、そんなわたしを横目に見つめ。次に、優しげに笑み。それから更に、こう言葉を繋げて来る。
「ローウェン・コーン技師は、この私からすれば、恩師と同じでね。あの方が居たからこそ、私は今でもここで働いていられる。
いわば、心の支え、って奴かな?」
「……」
フェミクさんから大体の話は聞いていた。だから、なんとなくだけどそれは分かる気がする。
そう思い耽るわたしを、神垣先輩は急にニヤリ顔で見つめ言った。
「だけど、あのジイさん、凄い
「――ハ?」
「この私も、何度となく、口説かれちまったものだよ♪ ハハ」
「はあ──っ!?」
途端、わたしの心の中にあった聖人ローウェン・コーン技師像が、脆くも崩れ去るのを感じた。
ていうかさぁ。
ローウェン・コーン技師って確か、もう60歳過ぎとかだったような……??
「まあ私も、あの頃はまだ若かった。いや、今でも十分に若いけどなっ!」
「……」
カラカラと愉快そうに笑いながら言う先輩を、わたしは頬杖をついたまま呆れ顔に見つめた。
「……だけど。先輩は確か、もうそろそろ三十路手前でしたよね?」
「…………」
わたしがため息混じりにそう言うと、神垣先輩は半眼に目を細め、不愉快そうな表情を見せてきた。
「ハルカ。お前、たまに嫌みな言い方をするやつだよなぁ~?
これでもまだ、28歳だよ。当時なんてまだ20歳のピチピチだったんだぞぉー!
お陰で、流石のローウェン・コーン技師も私のナイスバディーとこの美貌と若さの前に、驚くほどにギンギンだったよ、もうギンギン! すげーっ、すげー!」
「…………」
わたしはそこで、わざとらしく肩を竦めて見せた。
これ以上踏み込んで訊いてしまうと、その後、二人の間に何があったのかが鮮明にもハッキリと分かってしまうような気がして……。
もちろん、それがわたしの単なる思い過ごしである可能性もあるんだけどさ。
そんなわたしを、神垣先輩は遠目に見つめ、ため息をつくように零し言う。
「ば~か、今のはただの冗談だよ。冗談。信じるなよ、お前も」
「……は、ハハ。ですよねぇ~!」
わたしはそれを聞いて、ホッと安心する。
神垣先輩は、そんなわたしを見つめ、急に優しげに微笑んだかと思うと。次にイタズラっぽく、ニヒ♪と笑み言う。
「まあ、でも本当にいい人だったよ。本気で」
「…………」
この言葉を聞いて、また謎が深まった気がしてならないよぉ~っ。
そのあと神垣先輩は、遠目に宇宙を見渡し軽く吐息をつき。それから改まった様子で、口を開いてきた。
「ハルカ。人の命を預かる仕事というモノは、頭で考えている以上に大変なものだよ。
いつもな、お前を見てて思うのは……日々の業務ばかりに一生懸命過ぎる点だ。いつもクタクタになるまで、目一杯やってるだろ?
いや、それはもちろん大事なコトだ。別に悪いことじゃない。むしろ良いことさ。
ただな……いざ、こういった事件があった時に、全力で当たれるだけのバイタリティーだけは、常に残した上で、これからは取り組むようにしな。
要するに、余裕を持って仕事に励みなさい、ってこと。
でないといつか、いや……どこかで挫けちまい、場合によっては取り返しのつかないミスだって犯す。それで結果、ここで働き続けることさえも辛く感じ、そんなことで自分を責め続け、ここが自分にとって嫌な場所にさえ思えるようになるかもしれない。
そんなことで、もし仮にここを辞めるなんてことにでもなったら。それまでの努力は意味を無くし、またゼロからの再スタートだ。
この意味……わかるな?」
「……」
今回の件で、わたしは途中で何度も気を失いかけ。もしかすると満足な仕事が出来てなかったかもしれない。途中で嫌になり、逃げ出したくなる時もあったのは確かだ。
あとから色々とその時の対応の詳細を調べてゆくと、神垣先輩があらゆる点で可能な限り先手を打ち、フォローしてくれていたことが克明に解る結果が出ていた。
それを見て、反省な思いが度々出てしまうほどに……。
正直……今回の件ひとつで、わたしは神垣先輩に対し感心もさせられたし、反省もした。一言では言い切れないほどの後悔が、このわたしの中でこのところずっと渦巻いている。
わたしは、このリフトから見える広大な大宇宙を遠目に眺めながら、後悔に満ちた思いでガックリと肩を落とし、ため息を大きく吐いた。
そんなわたしの様子を、神垣先輩はやはり同じく吐息で返し、口を開いてくる。
「この……《【HOP】ゲート》もこれで長かったその役目を終え、撤去される。
『今まで本当に、お疲れ様でした』って所だな?
気分としては、大事な戦友を1人亡くした気分だよ。
だが幸い、人命をこの件で失うことはなかった。その点では、今回は私らの勝利と言える。
だけど今後、いつまた同じ事件が起こるかしれない。
そう思うとな……ハハ。私は時折、怖くなり、今すぐにでも逃げ出したくなる時があるんだよ」
「……」
今ならそれも解る気がする。
でもそれは……いつもの神垣先輩からは想像も出来ないセリフだった。だっていつもの先輩なら例え心の中でそう思っていたとしても、そんな弱気なことは決して口に出したりはしないと思うから。
わたしはなにか違和感の様なものを感じ、そんな先輩をそれとなく横目にそっと窺い見る。
と……そこには拍子抜けするくらい、いつもの神垣先輩らしい実にイタズラっぽい表情があった。
そして、間もなくこう言い繋げてくる。
「ハルカ、お前の方は本当のところ今どんな心境なんだぁ? これからも動じず、ここでやっていけそうか?」
「……」
わたしはそんな言葉を受け、肩を竦め見せたあとしばらく考え。前を向いて、軽く吐息をつき、口を開き言う。
「正気言うとわたしだって、自信ないですし、怖いですよ。でも……結局のところ、わたしが逃げだしたら、
「……」
「だったらそれを、わたしが成し遂げてやりたい、今はそう思います!」
その時のわたしが考え言った、神垣先輩への『答え合わせ』みたいな
だけどそれを聞いて、神垣先輩は間もなくそんなわたしの肩へ腕を回し、嬉しそうに笑いながらこう言う。
「ハハハ! なあ~んだ、ちゃあ~んよく解ってんじゃねぇーか♪」
「……は、ハハ」
正直なことを言うと、今でも自分はちゃんと解ってやれているのかについて、疑問がある。
でも、わたしは……いや、わたしにもようやく解り掛けてきたことが、一つだけある。
言葉の上では簡単でも、それを継続し、やり遂げてゆくことの大変さというものを――。
だから、なのかもしれない。神垣先輩は、夢見心地に入所してきたこのわたしに対し、初めこう言ったのを今になって思い出す。
『──言っとくが、余りここの仕事に、そんな夢みたいな期待なんか抱いてない方がいいぞ~』
あの時は理由が分からず、腹を立てりもしていたものだが。何故か今になって、その言葉の意味がほんの少しだけ、このわたしにも解り掛けてきた気がする。
そんな夢見心地な気持ちでやり遂げられるほど、ここの仕事は甘くはない。決して、簡単なことではないのだから。
でも、それでも例えそれが困難なことだとしてもだ。わたし達は、それをやり遂げなければならない使命がある。
だって、わたし達は――この《【HOP】施設郡》の保安を任された、《フォールトトレラント-IS課》なのだから!
わたしはそのことを胸に秘め、神垣先輩の方へ真っ直ぐ向き直り、頭を3秒以上ずっと下げたまま真摯な面持ちで言った。
「どうぞこれからも、ご指導のほど、よろしくお願い致します!」
神垣先輩は、そんなわたしを初め驚いた表情で見つめた。
それからあと、優しげな笑顔へと次第に変え、「ああ、こちらこそよろしく頼むよ♪」と、わたしに対し握手を求めて来たのである――。
……そうして、次の日からも、いつもと変わりなき日常が始まる。
「ですから~、
「うっせぇーなあぁ~。今は忙しいんだ、お前だってそこンところわかってんだろう?
あとで手が空いたらやるからさ。今はいいって」
「そんなことばっかり言ってるから、ホラ! 仕事が
段ボール三箱分もの資料が、そこには置かれてあった。
まあ、中身は全部、電子ペーパーなんだけどね。
「まあ……なんだ。なんとかなるだろ?」
「……先輩。本当に、なんとかする気ありますか?」
「……あ、ぃや(ぼそっ)」
「…………」
あー……もう、嫌だぁああ~っ! ここ最悪だよぉ~~。やっぱり、この前のアレって。単なる戯れ言だったんじゃあないんですかぁあ~~?!
わたしは神垣先輩を不審気な表情で遠目に見つめた。
先輩はそれに気づき、サッと顔を背ける。
――あっ、やっぱり!!?
「いよぉ~♪ なんか二人して、愉しそうにやってんじゃないの。オレも仲間に入れてくれよ」
フェミクさんだ。
管理室へ来るなんて、珍しいこともあるものだ。
「あ、丁度いいところへ来てくれました! これ、お願い出来ますかぁ?」
「ハ?」
わたしは冗談混じりで、資料をフェミクさんへ手渡す。
その様子を見て、隣の神垣先輩はクックと笑っていた。
「ば、ばっかやろうー! それならオレ達の仕事も、お前っ、手伝ってくれよなあーっ!」
「何言ってんですかあー! この前ちゃんと、手伝った筈ですよ? ですから、はいっ! コレ!!」
「……。あ、ぁあ~……悪い。急に大事な用事思い出しわ! じゃあ~またなー」
フェミクさんは、それで管理室からそそくさと出てゆく。
まあーどうせ、いつものデートの誘いだったんだろうけどね?
わたしはため息を軽くつき、珈琲を一口だけ飲む。
と、そこへ《緊急対応》を要請するVR内線が突如、掛かって来た!?
《ヴィイーン! ヴィイーン!》
「──ブ、ぶふうっ──ッ!!?
あ、はッ、はいっ! 『
「…………」
まるで、《重警報音》の様な紛らわしい着信音にわたしはびっくり慌て、飲み掛けていたコーヒーを『ぶっふぅーッ!』と、前方へ容赦なく吹き出してしまった。
し、しかも恐ろしいことに……デジャブなほど、たまたま通り掛っていた総務のヘイコックさんへ、そのコーヒーシャワーが見事なほど、頭の上から全身に至るまで掛かってしまっている。
が、それを頂いた相手は、まるでサッパリした御様子ではない。
だって、前回同様、砂糖もミルクも入れていたしね?
ヘイコックさんは、『またか……』って顔をこちらへ向けている。
「あ、ハハ……♪ どうもヘイコックさん、『ずびばせん』でしたぁあ──!!」
わたしは空元気ながらも、どうしたものかと悩み顔で軽く苦笑ったあと。素早く、『ジャンピング土下座』をやって見せた!
それは、もぅ見事なまでの隙も無いほどの“平謝り”である。
そして……《フロント》の方へ、それとなく目を向けると。この《【
だけど、そこからはどこか……同時に、温かさの様なものも感じられ、不思議だった。
『
とはいえ……。
「は、アハハ……はぁ~っ」
どうにもこうにも、今日もため息の絶えない、ハルカであった。
『クレイドル』 ―
《第五話、【クレイドル】》 -おわり-
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