第5話 クレイドル

第5話 クレイドル (1)

「うっわぁあああ~っ!! すっごいっ、迫力だぁあ──!!」


 あれから更に、壮絶な業務の日々が半年もの間続いていた。

 そしてこの日、《【HOPホップ】ゲート》2番基から、内径部一杯一杯の大きさはあるであろうゲート・ホールディング社製の大型部品HOPパーツが、定期的に亜空間転送され、ゲートを通り抜けてくる。


 それらの大型パーツは、少し離れた場所にある巨大な《【HOP】グラウンドアライナー》と呼ばれるHOPゲート専用の円心精度調整検査器近くへと運ばれてゆき、随時、組み立て作業が行われていた。


 《【HOP】グラウンドアライナー》とは、HOPゲートの基礎となるメインフレーム全体の真円を高精度に微調整し、各 《ホール発生ユニット》512基の出力調整と発動タイミングを0.000コンマ秒単位まで追い込み、自動調整してくれる精度検査測定装置だ。

 その大きさは、HOPゲートの1.5倍もある。


 わたしは今、その様子をエアーチェンジ室からわざわざ宇宙へと出て、電子望遠鏡を片手に持ち、鉄格子に腕を置き頬杖をついて、ほぉ~と吐息をつきながら眺めていた。


「新天地に到着した《HOP》へ、新たな《HOP》を亜空間転送し、設置する……か。

いやぁあ~。まさに、HOPが宇宙全体へ散らばり広がっていった歴史の様を、いま垣間見ているかの様な心境になれるもんだなぁ~っ。ハハハ♪」

「…………」

 実は分かっちゃ居るけど、わたしはわざとらしく『一体、そこに居るのは誰ですかぁ~?』とばかりに、隣の人を呆れ顔の横目に見つめてやった。

 そこでは、フェミクさんがもうから馴れ馴れしくも、このわたしの身体、しかも腰辺りなどを触れながら。更に、肩へ腕まで回し、そう語り掛けて来たのだ。


 わたしは、一呼吸をつき、落ち着き払い口を開く。

「誠に申し訳ありませんがぁ~。そう馴れ馴れしく、身体に触らないで頂けますかぁ?」

「そんな冷たいこと言うなよ、ハルカちゃん♪

大体がだ。オレのお陰で、あんなむさ苦しい管理室から、此処にこうして来られたんだぜっ。少しは感謝してくれたって、いいくらいだと思うなぁ~?」


「それは、まあ……そうなんですけど」

 それとこれとは、また別次元な気がするんだよねぇ~……?

 それにわたしは、何も管理室に居るのが嫌だったとかではなく。この光景を、出来るだけ間近で見たかっただけ。

 そこのところを勘違いされては困る。


「それよりも見てみなよ、ホレ! 今回の異例な事態対応に[定置型]の《【HOP】ゲート》ばかりではなく。そのバックアップに、戦略級 《高機動型【HOP】ゲート》までのお出ましだ。

こんなショーは、そうそう見られるモンじゃないんだぜ!」

「――ん、うん!」

 フェミクさんの言う通り、こんなコトは生涯の中でそう何度も見られる光景ではなかった。


 《【HOP】グラウンドアライナー》に加え、《銀河惑星連合》が所有する虎の子、高機動型の《【HOP】ゲート》がこうも間近で見られるのだ。


 普段は鎮守府のみに配備隔離され、仮に出撃したとしてもステルス機並みの扱いなので、こんな風に目視確認出来るのは本当に幸運以外のなにものでもない。


 その大きさも見慣れた定置型とは相当に違い、大型の《ホールスラスター・エンジン》や《オーバードライブ・ユニット》がうねるように多数配備されていて、定置型とは対照的なほど凄くゴテゴテとした印象を受ける。

 でも、だからといって見栄えが悪い訳でもなく、もはやこれは一つの工業工芸品にさえ思える見事さだった。


 わたしが知る限り、【HOP】には、[定置型]と[高機動型]の2タイプがある。


 定置型は、【HOP施設郡】など、まさに定位置に設置されるタイプのゲートである。


 それに対し高機動型は、更なる《新天地》を求め、まさに全宇宙へ向け超光速で移動する為に生産されたタイプとなる。

 また、軍事的事変などが起こった際などにも、この《高機動型【HOP】ゲート》は艦隊と共に伴い、戦略・戦術的に使われるのだ。


 わたしがそうやって再三見惚れていると、フェミクさんが軽く吐息とつき口を開いてくる。


「《【HOP】ゲート》1番基の[破棄]に伴い。新型ゲートが組み上がり、正式に立ち上がるまでの間とはなるが。オレ達も、これからやることが山積みだ」

「そうですね……」

 フェミクさんの言う通りだと思う。だからこそ、もっと身を引き締めて務めなければ!と思っていると……。


「だからさ、ハルカちゃん。これから忙しくなるその前に、このオレと……――どわああああーッ!?」


 宇宙服で無謀にもわたしとキスなんてしようとしてくるフェミクさんを、神垣先輩が唐突に後ろから強烈な前蹴りを入れていたのだ。


 それで危うくフェミクさん、宇宙の彼方まで飛ばされそうになっている。

 片手で咄嗟に、なんとか鉄格子を掴んだから良かったものの……。


「ミ、ミヤ! テメぇー、オレを殺す気かよぉっ!?」

「仕事をダシにして、ハルカを引っ張りだしたかと思えば。呆れたことに、この私の目の前で、口説き始めるからだ。バ~カ! 少しは緊張感を持ちな!」


 そう言い切ると、神垣先輩は一人、宇宙常設船スペースゴンドラへと身体を向け、その場で軽くワンステップを踏み、スッと向かう。

 どうやら、破棄が決まったゲート1番基へ向かう様だ。それにしても、相変わらず見事で完璧な宇宙遊泳。


 それへ遅れて、ハインさんもエアーチェンジ室の扉の方からやって来る。

「ミヤは?」

「第一ゲートの方へ向かったよ……それにしても、アイツ。まだあの時のコト、気にしてんじゃねぇ~だろうなぁ?」


 ……あの時?


「あのぅ~……『あの時』って。何か、昔あったんですかぁ?」

「……」

「……」

 わたしの問いに、二人ともしばし悩んでいたけど、間もなくフェミクさんが口を切る。

「まあ……いつかはわかるこったろうから、今の内に言っておくが……。

今から8年前に起きた事故のこと、少しは知ってるか?」


 8年前に起きた事故……というと、《AZ208便の件》だろうか?


 AZ208便……それは、マリアナ宙亜航空社の亜・宙旅客機が《【HOP】チャリアビティーポリス》から《【HOP】ホウスパークンス》へと亜空間移動を行う際、システム上のトラブルにより《消息不明》となった事件。


 あの当時、私はまだ8歳だった。

 でも、その事件のことは今でもよく覚えている。


「あ、っと。それって……AZ208便のことですよね? それが何か?」

「そっか、なら話は早いな。あれはアイツが入社して、研修期間も終わり、間もなくのことだったよ。

その時、たまたまその日の当直だったアイツが、『F-IS課』として初めてトラブル対応に携わったのが……あの事件だったのさ」


 ――え?!


「状況は、発生当初から最悪だったね。

間もなく連絡を受け、相談されたオレ達だってな。当時はまだ新米だったし。それでなくても、その状況を聞くなり、もうお手上げ同然だったのをよく覚えているよ」


 フェミクさんはそこで頬杖をついたまま、ため息をついている。

 そんなフェミクさんに代わり、ハインさんが次に繋いで来た。


「だけど神垣は、その責任は自分にあると今でも思っているみたいで。

『最初の初動の遅れに、問題があった』、と……そう嘆くことがたまにある」

「初動もなにもな。アレは、『テロ』だったんだぜぇ~。

動的部品を断たれ、電力が規格値まで確保出来ないんじゃあ~よ。ソフト面でいくらカバーしようったって、出来やしねぇーのに。アイツ……今だに、あんなだぜ。

ったく、アイツもあれで意外にモロいところがあるからなぁ~」

「……」

 フェミクさんとハインさんの話を聞いていて、わたしはそれまであった神垣先輩に対する『気ままでいい加減な人』だという思い込みに、誤解があったことを痛感させられていた。


 そんなわたしの表情を見つめ、フェミクさんは何を思ったのか、こんなことを言ってくる。


「知ってるか? 実はアイツ……前に、此処を辞めようとしたこともあったんだぞ」

「え?」

 それは初耳だ。

 あの、いつも自信満々な神垣先輩に、そんな時期があったなんて。


「でもな、ある人の言葉を聞いて。それでアイツは、そうするのを踏み止まってんだよ」

「ある人……? それって、あの課長のことですかぁ?」

 言うなり、フェミクさんは『それはナイナイ!』と爆笑さながらに笑いながら両手を左右に振っている。

 ハインさんも同じく、それには吹き出し笑っていた。


 うちの課長って……本当に人気ないんだなぁ~。仕事は凄く出来る人なのに。不思議だよねぇ~?


 わたしがそう苦笑いながら、そうこう独り思っていると。フェミクさんが横目に、わたしを見つめ口を開いてくる。


「まあ、アレだ……ローウェン・コーンって人物のこと、知ってっか?」

「え? ええ……一応は」

 ローウェン・コーンといえば、この時代ではアインシュタインの再来とまで言われている有名な方だ。


「なら、また話は早いな。実は、そのジイさんがな、あの事件直後。管理室うちへ、一度だけ立ち寄ったことがあるんだ。

まあ~あの時は丁度、流石のミヤもその責任を感じて『辞める』とまで言い出してた同じ時期でな。

それで落ち込んでいたミヤに、そのジイさん……あ、いや。ローウェン・コーン技師はこう言ったんだよ。

『君は、《クレイドル》という言葉を知っとるかね?』ってな」


 クレイドル……?

 クレードルじゃなくて??


「それって、《ゆりかご》……って意味で合ってますか?」

「ハハ。まあ、それに近い意味らしいんだが、この話にはまだまだ続きがあってな。そのジイさん、不思議がるミヤの手にそのスペルを、いきなりこんな感じでペン書き始めたんだ。

――ほら、丁度こんな感じでな!」


 そう言うも間もなく、わたしの許可もなく、宇宙服にマジックで『cradle』と落書きされた。


「ちょ、ちょっと! なんてことするんですかぁー! ひどいですよぉーー!!」

 わたしは、もう泣き叫びたい思いで一杯になる。

 そんなわたしを、困り顔にもフェミクさんは苦笑いながら宥め、また繋げ言う。


「いやまあ~心配すんなよ。こんなの、ロッカーん中に入れときゃ。自動洗浄で、そのうち勝手に消えてるからさ。安心しろって。

それよりも……ホレ、ここにだ[i]……をそのジイさんは書き足して、こう言ったんだよ。

『cra-[ i ]-dle』

……ゆりかごの中に[i]、つまり[私]が居る。

そしてな……[i]心の愛、『自分の居場所がある』ってね。

それで更に、ミヤを見つめながらこう訊いたのさ。

『君にとって此処は、これまでどんな所だったのじゃね?』……と」


 心の……居場所?

 それはもしかして、心の拠り所のことなのだろうか?


「あのっ、それで先輩はその時、何て答えたんです?」

 それにはフェミクさんも苦笑い、肩を竦め小さく言う。

「何にも、だ。何にも言わなかったよ。あの時は。ただ、困り顔だけを浮かべていたのだけはよく覚えている。

だけど、今もまだここで働いているってことは。きっとそれが、あの時のミヤの答えだったんじゃねぇのかと、オレは勝手にそう解釈しているね」

「……」


 わたしは急に、神垣先輩のことが心配になってきた。

 神垣先輩がまさか、そんなにも責任感の強い人だなんて思ってもみなかったから。


 だって先輩が今向かって行ったのは、これから[破棄]されることに決まった、HOPゲートだ。

 急に嫌な予感がした。


「あ、オイ! 急にどうした!? どこへ行くんだよ?」

「すみません! わたし、今から神垣先輩のところへ行ってきます!」

 わたしはそう言うと、不器用に天井や床にぶつかりながらも宇宙常設船へと向かった。


「って……なんだよ。オレとのデート、またすっぽがしやがって、アイツ……。

まあ~いいや……今回ばかりは大目にみてやるかあー」


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