第8話「招かれざる客」
二人の姿が奥に消えると、境内には人気がなくなった。
すると
何度も出入りし、勝手知ったる寺内である。茗凛は土で作られた壁ぞいに生える胡楊樹の影に身を隠しながら、奥へと進んでいく。胡楊樹は
乾ききった幹から剥がれた細い樹皮がまるで枝のように広がる、身の丈よりやや高い木の影に身を隠しながら、――客人がまず通されるのは……と明確な辺りをつけて進んだ茗凛の行く先に、開け放たれた一室が見えた。
中には、見るたび肉付きがよくなっていく
相変わらず背筋正しく、相変わらず冷静な様子で、しかし幾分か厳しい視線を二人に向けている。都からの訪問者の観察に熱心になるあまり、外をチラリとも見やしない。相変わらず視野が狭いんだから。ドンくさい上座は言うまでもなし。
だって二人は恩人だもの、気になって当然じゃない。茗凛は自身にそう言い聞かせながら、部屋の前に茂る、これも敦煌付近に良く見られる
「そなたたち二人の話は色々聞いておる。長安でずいぶん派手にやらかしてくれたらしいのお。大覚寺の上座は昔、ウチの前上座と同じ講座を聞き、寝食を共にした懇意の仲じゃったようじゃの。前上座が病に臥せっていることを知らせていなかったのはこちらの落度。よって今回は特別におまえたちの身柄を預かることにしたが、騒ぎは無用に願うぞ」
ふてぶてしい上座の声が聞こえる。対して琅惺は、
「そのようなご事情がおありとは……存じ上げなかったとはいえ、ご面倒をおかけすること、まことに申し訳ございません。そしてご多忙の中、我らをお引き受けいただき、本当にありがとうございます。至らぬ身ですが、仏教の聖地であるこの地において、気持ちを新たにいっそう仏門を究めたく思っておりますゆえ、どうぞご指導のほどよろしくお願いいたします」
そう言って、深々と頭を下げた。口上と所作の立派さに思わず見惚れてしまう。よかった、彩花を振り切ってきて。こんなん見せたらますますドツボだわ、と茗凛が自分の判断を心中で褒めているとき、「むう」と蛙が潰れたみたいな声をあげた上座は、
「なるほど、そういう心がけならまあよかろう。せいぜい励むといい」
「ありがとうございます。時に――先の上座のお加減はいかがでございましょう? 我が上座がひとかたならぬ世話になったゆえ、くれぐれもよろしくお伝えするよう言いつかっております。お体が許すようであれば、直接ご挨拶申し上げたいのですが」
控えめに言葉を繋いだ琅惺が、懇願するように真剣な眼差しを上座に向ける。すると上座は、懐から取り出した扇子を開いて大風を起こしながら、
「会うのは無理だな。何しろ三月余りも臥せっておられるし、わざわざワシが新しい上座として呼ばれたくらいだから回復が難しいということなのだろう」
「そんなにお悪いのですか?」
「実は、ワシもよく分からんのじゃ。今は敦煌を出て、静かなところで療養されておる。ワシでも会えぬくらいなのだ。――まあ全てはお役所が決めたことだから、詳しいことは分からぬ」
国家資格だった僧たちの人事については、国が行っていたのである。
「さようでございましたか……」
落胆を滲ませて琅惺が声を落とすと、上座は、「まあ、そういうことだ」と大儀そうに言い、話を打ち切る。そうして再び扇をたたむと、それを傍らの僧侶に向けた。
「それでだ。ワシは何かと忙しいから、お主の指導はこの
「ありがとうございます。思按様、どうぞよろしくお願いいたします」
自分たちに丁重に身を折る琅惺に対し、上座は相変わらずだるそうで、思按はやはり険しい顔だ。遠路はるばるやってきた人に労いの言葉一つかけられないの! という茗凛のいらだちは、「ただし」という上座の大音声に遮られた。
見れば上座が、扇子の先を今度は珂惟に向けている。
「その者は別だ。長安での騒ぎも、もともとはその者が起こしたものだというではないか。かような不心得者を由緒あるこの寺に置くわけにはゆかぬ。寺人(雑用係)らとともに寺外に住み、こちらに通って、ともに働け。仕事の合間、時があれば経文を読むことを許す」
「お待ち下さい!」
だらだらとした上座の台詞に、琅惺が切迫した声を上げる。彼は膝を進め、
「長安の騒ぎ、とおっしゃいますが、あれは道教側の計略により我が上座が傷つけられたことに端を発するもの。他寺の上座にも累が及ばんとしたものを、珂惟が身を挺して阻止したのです。そんな彼に罪があるというのであれば、彼を止められなかった私も同罪です。私も寺外に身を置き、こちらに通いたく存じます」
「ちょっとおまえ、何言って――。おい誰だ、そこにいるのは!」
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