第4話「謎の少年たち」

 少年僧は大股で群集の最前列まで出てくると、やや高めの声を張り上げ、

「大の男が、かよわい女性二人に乱暴を働くとはなんたること、恥を知りなさい!」

 えっ、危ないわお坊さま……毅然とした彼の対応を、茗凛めいりんは瞬時にそう思った。男を射抜く大きな目には強い意志を感じるが、男と体格の差がありすぎる。まさに大人と子供。とても敵う相手とは思わない。無論、僧の忠告に耳を貸すような輩のわけがない――そこまで思ったとき、身体がふわりと宙に浮いた。声を上げる間もなく衝撃。気づいたら、地面に伏せていた。僧を下敷きにして。

 驚いた茗凛は痛みを忘れ、

「大丈夫ですかお坊さま!」

「わっ、わたしは大丈夫ですっ。とりあえず離れて!」

 頬を赤らめて口中でモグモグ言っている僧から飛び退いて周りを確認すると、いつの間にか自分が荒縄の外にいることに茗凛は気づいた。男が、僧に向かって自分を投げ飛ばしたのだ――そう理解したとき、急に目の前に影がさす。肩越し振り返ると、下卑た笑みを浮かべた男が、すぐそこに立っていた。

 茗凛はとっさに両手を広げ、ようやく身を起こした僧の前に立ちふさがる。

「何をやってるのです、離れて! 逃げなさい!」

「見上げた信心だなお嬢ちゃん。だったら望みとおり、一緒に極楽浄土に送ってやる!」

 ダミ声とともに振り下ろされた拳に、茗凛がぎゅっと目を瞑る。その時。


 シャラン。


 場にふさわしくない美しい響きが聞こえた。

 それだけじゃない。覚悟したはずの痛みがいつまでたっても襲ってこない。不思議に思って茗凛が恐る恐る目を開けると、男の拳が、錫杖に遮られていた。

「まったくよ」

 錫杖を手にした姿が、斜め前から肩越しに見下ろしてきた。頭上でまとめ切れなかった髪をなびかせる――少女かとも思ったけれど、やや低めの声は間違いなく少年のそれだった。逆光で表情は分からないが、立ち姿からして、背後の僧と自分と、そう年が変わらないように見える。彼は茗凛の背後に目を移すと、おおげさにため息をついてみせ、

「どーしておまえは、そうやって考えなしに飛び出すかな。弱いくせに」

「――っ。見過ごせないだろ、こういう場合!」

「せめて落としどころが見えてから動けよ。本当に浅はかなやつだな」

「何だって!」

「いつまでくっちゃべってるんだ、ガキが、ふざけやがって!」

 その声に錫杖を手にした少年が、ゆっくりと男に向き直った。そして、すっと男の眼前に短く持った錫杖を突き出し、

「言っとくけど、俺強いから」

「何だと?」

「こういう場に出てくるんだぜ、負けると思って出て来やしないよ。それでもやる?」

 斜め前に立っていたはずの彼が、いつのまにか茗凛の前に立ちはだかっていた。長い手足はしなやかそうではある。だがせいぜい中肉中背としかいえない彼が、巨体の男に敵うなど、この場の誰が信じるだろう。それを示すように男は大笑いし、

「おいおい、おまえお友だちを説教できる身分か? 泣いて謝れば、今なら許してやるぞ」

 男の申し出に、少年は「ははっ」と喉の奥で笑い、

「弱いやつほどよく吠えるってね」

「ナンだと、もう容赦しねえ!」

 目を怒らせた男の怒号に、周囲から悲鳴が上がる。だが。

「下がってろ!」

 声と同時、茗凛は背後から強く身を引かれた。すると眼前の少年が、すっと横に身を流す。そこへ捻り込まれた拳が、さらりと振り下ろされた錫杖に、ぱしっと軽い音とともに叩き落されると、勢いをそがれた男がたたらを踏む。前のめりになった男の肩口に、目にも留まらぬ速さで錫杖が振り下ろされた。鈍く重い音。男は「うっ!」と一声を発し荒縄をぐるりと回ると、砂煙を上げてその場に倒れた。微動だにしない。まさに一瞬の出来事。

「そう簡単に極楽浄土に行けてたまるかっつーの。ま、とりあえず眠れてよかったなって、これじゃ日干しか。――おい誰か、こいつ日陰に運んでやってよ、俺、重いの持てないからさ」

 少年がそう言うと、遠巻きにしていた群衆たちがわらわらと巨体に集まってきた。彼らがひいこらと巨体を引きずるのを横目に、少年は茗凛を振り返った。

「立てるか?」

 仕草のさりげなさに茗凛が思わずその手をとってしまうと、ぐっと力強く引き上げられた。息づかいまで分かってしまいそうな近さに、茗凛は思わず息を止める。彼の目は切れ長で、まつ毛がとても長い。手指同様、整った面立ちをしていた。だが。

「あんたも無謀だよなー。イチオウ女なんだからさ、無茶もほどほどにしないと」

 え、今なんて? あっけにとられる茗凛を、少年は面白そうに見ている。バラバラだった単語がカチリとはまり合って意味をなしたまさにその瞬間、二人の間に少年僧が割って入った。

「なんだって君は、そう礼儀知らずなんだ。初めて会う人に、なんて言い草だよ!」

「初めても何も、なんかあってからじゃ遅いじゃないか。イチオウ女なんだから」

「イチオウですって! あなたね――」

珂惟かい! いくらなんでも失礼だろ。本当なら何を言ってもいいってわけじゃ――」

「そうよそうよ! って、お坊さま、それどういう意味?」

「茗凛っ、いいかげんにおしっ!」

 耳をつんざく甲高い声に驚いた三人が、揃ってそちらを振り返ると、天幕の前で腰に手をあてたおかみが仁王立ちしていた。

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