第5話「恩人の正体」
二人の後に続いて
いつもは中のあちこちに舞台衣装や楽器が無造作に置かれ、空間の中央にある粗末な木卓の上にも小道具やら装具やらが放り投げられているのに、それらは全て隅に固めて置かれたうえで布をかけられていた。
大きく空けられた空間には、滅多にお目にかかることのない上客用の敷物が広げられ、二人の少年はそこへ「さあさあ」と半ば強引に座らされる。
「あなたがたは我が一座の恩人でございます。本当にありがとうございます。おかげさまでウチの看板娘たちに傷もつかず、なんと御礼申し上げればよいのか……。たいしたものはございませんが、どうぞどうぞ」
おかみの言葉に、座長が山盛りにした
「どうぞご無理をなさらず」
僧が声をかけると、座長は口元を緩め、
「いえもう、慣れておりますゆえ。――お助けいただいたうえ、私のような卑しい者にまでお優しいお言葉をかけてくださり、感謝の念もございません」
「お礼だなんてとんでもない。当然のことをしたまでですから」
困惑を浮かべる少年僧。そこへ、
「おかみさん、もう昼を過ぎています。僧形の方は食事を召し上がることができませんわ。でもこれでしたら、よろしいですよね?」
そう言って
「さすが敦煌一と言われる佳人。容姿だけじゃなく、気配りも一流だなあ。ちょうど喉が渇いてたんだ。では、いただきます」
杯子を手に取った有髪の少年――
「ちょっと、その目! その目はどういうことよ!」
「なんのことだよ。いやさすが、こっちの果物は甘くて美味いなあ。一働きのあとだから、なお美味い。おかわり」
しれっと空の杯子を向けてきた珂惟に対し、茗凛は引きつった笑みを浮かべ、
「あーら、ごめんなさい。気がつかなくって」
杯子をひったくるとだばだばと注いで珂惟に突き返す。
彼はにっこり笑うと、
「だと思って言ってみた。あんたの場合、やりすぎってくらい心遣いしてもらったら、丁度いいくらいだと思うぜ」
「なんですって」
「め・い・り・んっ!」
肩をぷるぷる震わせているおかみを見て、茗凛は慌てて口を噤んだ。今はお客さんだから我慢しているんだろうけど、これ以上怒らせては、彼らがいなくなったあとマズい。
と思っていたら、
「お坊さま、どうぞもう一杯」
「いえ私はもう。十分いただきました。ありがとうございます」
その声に首を向けるおかみの目線を追うと、僧の傍らに控える
ヤバイ!
茗凛は急ぎ身を返し、彩花を押しのけるようにして僧に近づくと、
「お坊さま、ここは砂漠地帯ですから水分はきちんとおとりにならないといけませんわ」
言いながら、僧が手にする杯子をだばだばと満たす。「うわ、ないわ」と呟く珂惟を、おかみにから見えないことを確認してから一瞥し、茗凛は立ち上がった。去り際、「行くわよ」と彩花の手を半ば強引に取り、入り口近くまで引っ張ってくる。そして、
「外の
言いざま、彩花の答えも待たずに、めくり上げられた幕から外を指し示した。そこには城壁の日陰にもたれかかり、楽器を手にしたままだらりと横になっている三人の男たちの姿。
我ながらロコツな追い出しぶりだわ、茗凛は内心で苦笑しつつ、「さ」満面の笑みで彩花の退出を促した。ふくれっつらで脇を通り抜けていく彩花の恨みがましい視線を首筋あたりにひしひしと感じるが、当然気づかないふりだ。
それでも言われたとおりに男たちに向かう彩花の姿に胸をなでおろし、茗凛は踵を返した。中では、相も変わらず僧とおかみ夫妻のやりとりが続いていた。
「規則とはいえ恩人の喉を潤すことしかできないなんて。他に何をして差し上げれば」
人情家なうえ、客がいつも以上に銭を弾んでくれたことにも心から感謝している善良なおかみがオロオロとし出した。
うーん、こうなるとおかみは引かないぞー。お坊さまもああ見えて頑固だし、どうなることやら……。
「そうだ」
ひらめいた! とばかりに声を上げたのは、僧のやや後ろに控えていた珂惟だ。彼はそっと僧に身を寄せると少し声を低めて、
「だったらさ、道案内してもらおうぜ。俺たちでむやみに歩いても時間かかるだけだし。せっかくだから城内を案内してもらいながら連れてってもらおうよ、法恩寺に」
聞き覚えのある言葉に、茗凛は思わず反応する。
「法恩寺に行くの? あなたたち」
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