(9)

 学校で楓の姿を見掛ける事が何度かあった。

 彼女は明るく楽しげで、いつも多くの友達の中心で輝いていた。

決して自分には許されない華やかなステージが、彼女にとっての日常だった。


 羨ましい。


 単純にそう思った。

 自分にはあり得ない世界。だが、楓にとっては普通の日常。

 自分ではどう足掻いても触れる事の出来ない場所。


 ああなりたい。

 楓のようになりたい。


 その思いは日に日に膨らみ、歯止めはきかなくなっていった。

 そして、悟は狂気の結論に達した。


 いっぱい食べれば大きくなる。

 食べる事で成長する。

 じゃあ、楓を食べてしまえば、楓に近付けるかもしれない。

 楓を食べて、楓をエイヨウとして取り込んだら、自分はもっとよくなるかもしれない。

でも、どこを食べればいいんだろう。

 ……ああ、そうだ。頭だ。頭を食べればいい。

 頭の中にはノウミソという考えたり、感じたりするものが入っている。

 それを食べれば、楓のように喋ったり振舞ったり出来る、良い頭になれるかもしれない。


 常人には決して考え付かない発想。

 しかし、悟の頭はその事で一杯になっていた。


 そして、悟はそれを実行した。


 ちょっと強く殴ったら、楓は動かなくなった。

 頭に穴を開ける為に錐を使って脳みそを掻き出した。

 脳みそはおいしくなかった。むしろ気持ち悪かった。でもこれで変われると思ったら一つも無駄に出来なかった。

 悟は楓の脳を喰らい尽くした。

 だが、何も変わらなかった。 

 悟は悟のままだった。

 少し考えれば分かることだ。しかし悟はそんな事にすら気付けなかった。

 完全に歯車が壊れてしまっていた。


 ――ほしい、ほしい、もっとほしい。


 もっと食べれば、もっと食べればきっと。

 暴走した悟の凶行は幾人もの子供の命を奪った。

 そして一人の悲しく醜い少年は、警官の手によって射殺された。


 どこで間違ったんだろう。

 生まれてきた事自体が、やっぱり間違いだったのだろうか。

 歪んだ形で生まれ、周りに歪められ。

 救いなどなかった。

 そんな悟の前に天使は現れた。

 救われた。変われたかもしれなかった。

 しかし、もう手遅れだった。

 その天使の羽を、悟自身がもぎ取り、踏みにじった。

 西行楓という、天使を。

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